「会社へ行くのが楽しい人なんて、世の中にそんな人、ほとんどいないんじゃないの?」
知人が投げやりに言いました。
彼女は既に専業主婦になって久しいですが、ご主人は今年、役職定年を迎え、これまで以上に忙しくなったことをとても嘆いてのことでした。
「給料は下がってるのに忙しさはこれまで以上。何でもかんでも押しつけられるみたいで、23時前に帰ってきたことなんてほとんどない。土日も疲れてお昼まで寝てるし。現役バリバリの時にだって、そんなことはなかったのに・・・」
あくまでも奥様から見た意見なので、当のご主人がどう感じているのかは分かりませんが、とにかく、家人から見た時、役職定年を迎えてなお、忙しく働く夫が痛ましく見えるようなのです。

「でも、必要とされているという事じゃないの? ご主人はぼやいてるの?」
私がそう聞くと、彼女は怒ったように言いました。
「体よく使われて、いろんなこと押しつけられてるだけよ。彼は何も言わないけど、疲れ切って帰ってくる顔を毎日見ていると、なんだか可哀想になってきて。30年以上勤めてきた会社だから、最後まで勤め上げてほしいけど、役職なくなって、お給料減らされて、ボロボロに使い倒されて終わるような、そんなのはあまりにもひどいと思わない?」

「う~ん・・・。制度のことはなんとも言えないけど、ご主人は使い倒されてるとか、いいように利用されているとか感じているのかなぁ。そこが問題だよね。」
私がそう言うと、彼女は悲しそうに話し始めました。

「若手社員が育っていないんだって。下手したら派遣さんの方が優秀だって。若手を育てないと辞めるに辞められない。業績を上げることに必死で部下を引っ張ってきたけど、全然若手が育っていなかったことに今更気がついて、愕然としたって。」
「そっかぁ。じゃあ、最後のご奉公は人の育成なんだね。でも、それって目先の業績を上げることよりも何よりも、本当は一番大切なことだよね。疲れてるかもしれないけど、ご主人はやりがいは感じてるんじゃないの?」
「責任感みたいなことは言っていた。若手が育ってないのは自分達の責任だからって。そういう意味では、一番大変なことを最後にやろうとしてるんだから、黙って応援してあげなきゃいけないのかもね。」

彼女のご主人は、いわゆるモーレツ社員だったので、自分自身がバリバリと仕事をし、その勢いで部下を率いてきたのでしょう。しかしある時、自分がいなくなった途端に部署が機能しなくなることに気がつき、会社を去らなければならない残りの日々を、育成に身を捧げようと心に決めたのかもしれません。

人は城 人は石垣 人は堀 情けは味方 仇は敵なり
戦国武将を愛する彼女のご主人は、定年までの数年間を信玄公よろしく、「人」を大切にすることで全うしようとしているのかもしれません。

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