来週開かれる大きなお茶会の準備で頭がいっぱいになっている同じ社中の先輩が「お茶の世界なんて忖度だらけよ」と苦笑いしながら言いました。

最近はあまり良くない意味合いで使われることが多い「忖度」。

この場合、どっちの意味だろう・・・ と複雑な気持ちで考えていると、別の先輩が「オフィスの中も上司が忖度求めたりしない?」とこれまた苦笑いしながら言いました。

忖度ねぇ・・・

ぼんやりと考えていた時、あるフレーズが頭の中に浮かびました。

「文脈を読む」

かつて「文脈を読んでください」とよく言う上司がいたのです。

「推し量る」と意味合いでも使われていましたが、「言わなくても分かるだろう」「そんなこと言わせるなよ」という意味合いもあったと思います。

そうか、あれは忖度しろという意味だったのか、と何年も経った今頃気がつきました。

 

忖度したり文脈を読めたり、できればそれに越したことはありません。でも、ビジネスの本質部分において、本来の相手の意向とズレていたらどうなんでしょう?ましてや、上司が責任回避のためにわざと皆までを言わずに「忖度しろ」「文脈を読め」「自分で考えろ。言わなくてもわかるだろう」などと言おうものなら、それは上司としての義務を全く果たしていなということです。

じゃあどうすべきか?

「こういうことで宜しいでしょうか?」「こう考えたのですが間違いありませんか?」と部下からは上司に確認することです。

相手がお客様の場合には「こうだろうな~」と思ったら必ず言葉にして相手の意向に沿っているかを必ず確認します。だって間違えていたら大変ですから。お客様なら確認するのに上司だと確認しないというのはそもそもおかしい。確認できないというならそれは上司に問題があります。

そしてそれより何より、上司は最初から忖度を求めたり文脈を読めと言わずにしっかりと説明責任を果たすことだと思います。

 

忖度することは決して悪いことではないし、相手を思いやる気持ちから出てくるものだと思います。文脈を読む(推し量る)もそうですね。

しかしビジネスの本質的な部分においては忖度を求めるべきではないし、忖度するべきでないと私は思います。

やはり一つ一つの確認の励行、それが全てなのだと思います。

 

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