毎朝、お抹茶を点てていただいています。たまには別のお茶碗をと思い、母から譲り受けた志野焼の茶碗を木箱から出しました。

茶筅通しのために85度くらいの湯を注いだ時、「ピシッ。ピシッ。」と茶碗のきしむ音がしました。慌てて湯を捨てたのですが後の祭り。茶碗の底に数本のひび割れが・・・

 

私は大変なミスをしてしまいました。湯慣らしをしなかったのです。

湯慣らしとは、陶器を初めて使う時や久しぶりに使う時など、器がしっかりと浸かるボールなどにぬるま湯を張り、その中に器を沈めて徐々に熱いお湯を足していき、時間をかけて器をお湯に慣らすことをいいます。

土鍋を初めて使う時は一晩水に馴染ませ、また、強火は割れてしまうからダメという、考え方はそれと全く同じで、陶器など土ものの茶碗にいきなり熱い湯を入れると、茶碗が割れてしまうことがあるのです。寒い冬は温度差があるので特に気をつけなければいけませんし、ロクロ引きのものは、もしも小さい気泡が中にあったら空気が膨張してひびが入ります。ほんの少しの手間と気遣いが陶器には必要なのです。

土鍋では当たり前のことなのに、茶碗に形を変えるとそこまで気が回らなかった自分を情けなく思いました。

思考の柔軟性を欠いていたのか、思考そのものが止まっていたのか・・・

「初めて使う土鍋は湯慣らしが必要。土鍋に強火は厳禁」という知識を、「土鍋は陶器である」、だから「陶器は初めて使う時は湯慣らしが必要」「しばらく使っていなかった陶器茶碗にも湯慣らしが必要でいきなりの熱い湯はダメ」と、異なる状況、異なるタイミングであっても持っている知識を応用できなければ意味がありません。1つの事から様々に考えを発展させて応用することを、知識を知恵に変えることを、常日頃、口を酸っぱくしてメンバーに説いているにも関わらず、私自身が土鍋⇒茶碗という小さな変化に対応できませんでした。全く情けない限りです。

 

知識を知恵に変えて活かすには、考えて行動し、経験を積むことが一番だと思います。

 

毎朝、ひびが入った志野の茶碗を見るたびに思います。

私、頭をしっかりと使っているかしら?

知識だらけの頭でっかち知恵無しっ子になっていないかしら?

 

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