「いやならいつでも辞めてもらって結構。あなたの代わりはいくらでもいるんだから。」

こんな血も涙もないような事を平気で言っていた自分が本当に恐ろしく思います。

大企業で人が潤沢にいたり、人気企業で応募がひっきりなしだったりしたら、経営や上司は自分たちのマネジメント力のなさを棚に上げて、こんな言葉を平気で言ってしまうことがあります。それよりも根本には「人を人として見る」のではなく、「人を労働力=モノとして見る」ことが、こんな無慈悲な言葉を吐かせるのかもしれません。

売上至上主義が現場に蔓延っていたり、成果にばかり執着している環境下においては、メンバーを労働力として見る癖が状態化しているかもしれません。しかしその場合忘れはいけないのは、マネージャーであるあなた自身も組織から見れば単なる駒の1つ、ただの労働力にすぎないということです。

 

今、時代は「あなたの代わりはいくらでもいる」から「あなたの代わりはAIで十分」「あなたの仕事はAIができる」「AIではなくあなたの方が良い理由は何?」という風に変わってきています。人を労働力として捉えていれば、人間とAIとが同じ能力であればAIを使うでしょう。だって、AIは「疲れた」とか「給料上げろ」などと文句を言わないですし、上司の悪口を言ったりAI同士の仲たがいもありません。もちろんAIがメンバーにパワハラやモラハラをすることもありません。黙って黙々と働いてくれます。労働力としてだけ考えれば、誰もが人よりAIを選びます。いろいろな産業において、機械化が促進されていきたのはまさにその一点に尽きるでしょう。

 

では、「AIでもあなたの代わりはできるけど、AIじゃなくてあなたに仕事をしてもらいたい」と言ってもらえるのはどんな人でしょうか。

私が考えるのに、AIと人との絶対的違いは「心」があるかどうかだと思うのです。人には感情があり、思いやり労わる心があります。共に喜び共に哀しみ、互いを励まし合うことができます。言葉で何かを語らなくても相手の気持ちを察したり推し量ることができます。個性と個性がぶつかることで起こる衝突もありますが、個性が互いに引き立ち相乗効果を生むことで思いもしない力が生まれることがあります。

AIが加速そればするほど、人に求められるのは「人間くささ」「その人らしさ」「個性」「人間力」なのではないでしょうか。

 

「君の代わりなんていくらでもいる」と言っているマネージャーが行うマネジメントは、AIが簡単に取って代わることができるでしょう。だって、人を育てることができない、ただ管理するだけの人ならば、あなたじゃなくても人工知能で十分だからです。メンバーの心の痛みや苦しみを理解できなかったり、良いところを引き出し成長の手助けをすることができないなら、人にマネジメンを任せなくても、規則通り与えられた成果を出しているかどうかを測定するAIに管理してもらえば良いのです。

「マネージャーの代わりはいくらでもいる」と自らがそう言われないために、「自分らしさ」「人間くささ」をもっと前面に出しましょう。人としての魅力をもっと磨きましょう。そして何より、労働力ではない人としてのメンバーに感謝しましょう。だってメンバーがいてくれて初めてあなたはマネージャーとしての役割を果たすことができるのですから。

 

「あなたの代わりはいくらでもいる」と思っているマネージャーさん。

そう言っているあなた自身の代わりこそ、他にいくらでもいるのですよ。

是非、他には代わることのできないマネージャーを一人ひとりが目指しましょう。

 

 

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