JR中野駅に近づくにつれて、何かを呼びかける大きな声が聞こえてきました。

駅前広場はいつも演説やらイベントやらで賑わっています。

沢山の幟が立っていて、同じ色のウインドブレーカーを着た男性たちが「お願いします!」と必死に叫んでいました。

「・・・ちゃんをお願いします。」

騒音が彼らの声をかき消す中、前を見ると小さな女の子の写真が目に飛び込んできました。

それは2歳半の女の子が心臓の海外移植手術を受けるため、医療費とその渡航費用のための募金を求める声でした。

ざっと見て、30人位の男性が一斉に大きな声で募金を呼び掛けています。

時折目にする光景ですが、彼らの姿がどんどん近くなるにつれて、私はいつの間にか募金箱の場所を探し、バッグの中に手を入れて長財布のファスナーを開けていました。

改札口近くに募金箱を見つけ、お財布から取り出したお札を入れようと右手を伸ばすと、ひと際大きな声で「ありがとうございます!」と目の前で最敬礼した男性の姿が目に飛び込んできました。

「ありがとうございました。飴をどうぞ。」

その男性は、小さな籠に入ったキャンディを私に差し出しました。恐らく、募金をしてくれた人たちに心ばかりの御礼をと用意されたものなのでしょう。

その男性の顔と籠に盛られたキャンディを見ると、たった一粒のキャンディさえも頂くことが申し訳なく思え、「頑張ってください。より多くの募金が集まることをお祈りいたします。」と言うのが精一杯でした。涙が溢れてほとんど声にはなりませんでした。

 

全く知らない女の子です。活動をしている人たちも誰一人知りません。

しかし、彼らの必死の「お願いします」の声は、私の心を大きく揺さぶり、何かをせずにはいられない思いに突き動かされました。涙が溢れたのは、彼らの姿に言いようもない感動を覚えたからであり(感動と言う陳腐な表現しか思い浮かばず申し訳ないのですが)、募金活動を見てこんな思いになったのは生まれて初めてであり、自分でも大きな驚きでした。

どういう人たちの集まりなのかは分かりませんが、あの場にいた数十人の人たちの想いは間違いなく1つだったのではないでしょうか。その一人一人の想いが大きな塊となり、道行く人たちの心に届き、忙しく通り過ぎる人たちの歩みを止めさせたのかもしれません。

必死に声を出していた一人一人の詳細までは覚えていませんが、一生懸命な彼らの姿は私の脳裏に鮮明な映像として今も焼き付いています。私を募金へと動かしたのは、小さな女の子の写真でも、病気の大変さを訴えた文字でもありません。理屈でもなんでもなく、彼らの一生懸命な姿が私を突き動かしたのです。

 

人が一生懸命に何かをする姿は実に美しく尊く、それこそが人の心を動かすのだと、溢れる涙をハンカチで拭いながら、女の子の無事を祈るとともに、彼らの活動に心からの称賛の拍手を送ったのでした。

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