「普段仕事の中では、原価率とか損益とか、数字を上げられる人が偉いという感覚で仕事をしていました。しかし、今日皆さんの話を聞いて、人に喜んでもらえる、人の役に立つという仕事の大切さを思い出しました。」

「最近失敗が続いていて落ち込むことが多く、自分は向いていないんじゃないかと悩んでいました。しかし今日、私はやっぱりこの仕事が好き。一生懸命やっていきたいと再確認できました。」

 

研修受講後の振り返りで、こんな感想をいただきました。

私が特別に何かをお伝えしたわけではなく、参加者同士の話し合いの中から皆さんそれぞれ心の中に何かが芽生え、このような言葉となって表れたのだと思います。

 

この感想を書いてくれたお二人は一般職。専門職の社員がどうしても優遇・重要視されがちな職場において、自らの価値をなかなか見出すことができずに悩んでいたようでした。

私も営業現場の最前線にいた頃は、「稼いでなんぼ」の感覚がとても強く、一般職や管理部門の人たちに対しても「営業が稼いでいるからあなたたちの給与が出るのよ」くらいの傲慢な考えを持っていました。一方、転職した会社では、営業よりもコンサルティング部門が重要視され、営業一筋だった私はとても寂しい思いをしたこともあります。重用される部門もそうでない部門も両方の経験をしたことで、天狗になりそうになったり、いじけそうになったり、どちらの気持ちもある程度は理解することができました。

 

組織において特に悪気はないにしても、〇〇部偏重の傾向が自然に出てしまうことはよくあります。稼ぎ頭の部門だったり、会社の心臓とも言える部門だったり。これは部署だけのことではありません。

誰よりも稼ぐトップ営業マン。引き抜き先が数多のトップクリエーター。誰もが一目置いている生え抜き管理職。これまで絶対に目算を誤ったことのないカリスマ経営者。

 

果たして組織において一番偉いのはどの部門なのでしょう? そして誰なのでしょう?

 

答えは簡単。どの部門でも特定の誰かでもありません。そもそも、組織に「偉い」という概念を持ち込むこと自体がナンセンスなのです。だって、みんな自分の役割に応じた仕事をしているにすぎないのですから。

ところが、そんなごく当たり前の理屈では分かり切っている事なのに、実際に現場ではどこどこ優位論、だれそれ偉い論がはびこり、最も地道にコツコツと下支えしてくれている人たちを無下にしてしまっている例が山ほどあるのです。

 

先の感想をくれた人たちが私にこっそり言ってくれました。

「会社や上司から何かを期待されているとはあまり感じない。でも本当に些細な事だけど、営業さんの役に立てたこと、取引先の方が喜んでくれたことを思い出して、それがとても嬉しく、ちっぽけな事だけど誇らしく思いました。だから、営業さんみたいに大きな事は出来ないけど、私は彼らが少しでも輝けるように小さな喜びをたくさん集められるように頑張ります!」

 

人は一人で生きていけないように、組織も一人ではまわしていけない。

必ず地道な活動や下支えをしてくれている人たちがいて、そういう人たちにこそ、本当はもっとスポットライトが当たって良いと思うのです。

小さなネジがたった一つないだけで、どんなに高性能な機械も全く動かないのと同様に、彼らもまた機械を支える大切なネジの一つ一つのように重要な役割を担っているのです。

マネージャーの皆さん、経営層の皆さん。どうか日の当たる部門や社員だけを見るのではなく、彼らのような真に組織を支えている人たちにも、もっと注目してほしい。もっと声をかけてほしい。そしてもっと期待してあげてほしい。

そんなことを心から強く願う今日この頃なのでした。

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