いつもの公園をぐるっと一周して、入ってきた方とは反対側から出て裏手の一本道へ抜けるのがワンコとのお散歩コースです。
今朝も寒いながらも真っ青に広がる青空を気持ちよく見上げながら出口へ向かっている途中、目の前にコロンと小さな茶色い物体が転がっているのに気がつきました。

小型犬のう〇ちくんのようです。
誰? マナー悪いなぁ。
そう思いました。

公園の芝生広場は昨年秋までワンコ連れは入ることができませんでした。
公園設備の工事でドッグランが暫く使えなくなってしまうので、その間の応急措置ということで芝生広場のある側にリード付きの条件で立ち入ることができるようになったのです。
それも、最初はそんな措置などなかったのですが、愛犬家たちが区に陳情してようやくかなったのでした。

こんなの犬嫌いの人が見たら、また立ち入り禁止になっちゃうじゃない。

小さな他人(犬)のう〇ちくんを仕方なく拾おうと思った次の瞬間、アスファルトに数か所ほどこびりついている茶色い汚れが目に飛び込んできました。
そう!
私たちが好ましからざる物体を踏んづけてしまい靴裏にその物体がくっついてしまった時、地面にこすりつけて取ろうとする、その結果、生まれるもの。
誰かが踏んづけた物体は紛れもなくコロンとしたう〇ちくんのお仲間であり、まだ時間がそれほど経っていないのか、毒々しさと生々しさが残っていました。

自分の子(犬)のモノならなんともありませんが、見ず知らずの、しかもマナー違反の飼い主さんが放置してしまった物体です。
ほんの一瞬、私の心が激しく葛藤しました。
片付けるべきか、気がつかなかったことにするか。管理事務所の清掃の人たちがもうすぐ来るだろうし・・・。

我が家のゆうた(わんこ)はそんなことはお構いなし。一本道へ急ぐようにリードを引っ張ります。
それを良いことに、「気がつかなかった事にしよう」と悪魔が囁きました。

う〇ちくんがコロンの1個だけなら、恐らくすんなりとティッシュとビニール袋を使って拾い上げたと思います。
いつもそうしています。
でも今日はとても躊躇われます。
だって、コロン1個だけでは済まず、アスファルトにこびりついた生々しいう〇ちくんの残骸を綺麗に片づけなければ公園の通路は気持ちの良い状態にならず、そのこびりついた汚れを掃除することは、ちょっと「しんどい」と思ったからです。
数か所に渡ってこすりつけられたその汚れはなんともグロテスク。
きっと、すぐには終わらないから、通り過ぎる人たちに「あの人のイヌが汚したのかしら。本当にいやぁね。」とそんな目で見られるかもしれない。
そんなどうでも良い見ず知らずの人からの目を気にしたのです。
うちのじゃないし、やっぱり気がつかなかった事にしよう。
私の中で悪魔が勝ちました。

公園の出口まで来て一本道が見えたところで私の心の奥底から声が聞こえてきました。

そんなことで純粋性を唱える資格はあるの?
100%一方通行の善意。100%一方通行のおせっかい。それを心に決めたんじゃなかったっけ?
人の喜び、人の幸せのために自分の時間を使うと決めたんじゃなかったけ?
うわべだけの優しさや純粋さなんて、そんなのすぐにメッキがはがれるよ。
他人はごまかせても自分の心はごまかせない。
だって、あなたは「見た」し、片づけたほうがいいのを分かっていてスルーしたんだから。
そんなことで「人は変われる」と堂々と他人様に言えるの?
そんなことで他人様のお手伝いをしていて恥ずかしくないの?
言っている事とやっている事、違うじゃない!

引き返して片づけることにしました。
いつもは公園に入っていく時には喜び勇んでリードをひっぱるゆうたも、私の気持ちをわかってなのか、とても良い子で後を着いてきます。

コロンの1個を拾い上げ、5か所に渡ってこびり付いた生々しいコロンの仲間の残骸をアスファルトから取り除き、水でさっぱり洗い流すのに少しばかりの時間がかかりました。
その間、近くを通り過ぎる人は一人しかいませんでした。
それはワン友のもこちゃんと、もこちゃんママ。
「まあ、いやあねぇ。本当に。でも、ゆうたくんママ、どうもありがとう。」
そう言って、もこちゃんママは公園へ入っていきました。

お掃除の間、ゆうたは近くの芝生でお座りをしてとても良い子で待っていてくれました。
「僕のママは今、お掃除中なの。偉いんだぞ!」と言わんばかりに、鼻先をつんと上に向けて私を見つめていました。

汚物を捨て、水場で手を洗い、再び公園を後にする時、突然、ゆうたが私にジャンプして飛びついてきました。
嬉しそうに、楽しそうに、誇らしそうに。
「悪魔の囁きに負けなくて良かったね。」と喜んでくれているようでした。

「100%一方通行の善意」って難しいです。
それが不特定多数の人が相手だったりすると尚更です。
でも、「〇〇した方がいいんだろうな~」と頭で分かっていてもスルーしてしまうのと、最初はちょっと大変だけど頑張って「やった」後とでは、誰に褒められるわけではないですが、自分の心が全く違うのです。
晴れ晴れしいというか、清々しいというか。
独りよがりの自画自賛。と言われてしまえばそれまでです。
しかし、それで良いのではないでしょうか。
悪魔の囁きに負けなかった分、また私は自分の事を一つ、好きになることができたのですから。
以前までは悪魔の囁きしか聞こえなかったのに、今日は天使(?)の声がしっかりと聞こえ、葛藤することができた。
これはもう、スゴイ成長ではないでしょうか!(と、ここでもまた自画自賛)

そう考えると、今朝、公園に落ちていた1個のコロンとその仲間たちは、私の成長具合をテストするために天が落とした落とし物だったのかもしれません。

誰のためでもない。結局は自分のため。
「100%一方通行の善意」の意味を噛みしめながら、朝の気持ちの良いお散歩をその後もゆうたと二人、満喫したのでした。

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