「社長に向かってその口の利き方はなんだ!!」
普段声を荒らげることはあまりない社長が顔を真っ赤にして近くにあったデスクの引出しを思いっきり蹴飛ばし、雷鳴のようにドスの聞いた声でMさんを怒鳴りつけました。
私を含めて周囲は一瞬のうちに凍りつきました。

なかなか結論を出さずに先延ばしにしていた社長に対しMさんがインコース胸元ぎりぎりの剛速球で社長にダメ出しをしたのでした。
Mさんは普段から誰に対してでもストレートのスピードボール。正論で攻めてきます。
それも場や雰囲気に関係なく、年上だろうと上司であろうと傍目を気にせずにスピードボールをいきなり投げ込んでくるので投げられた方はたまったものではありません。

「社長に謝りなさい。」
これまで見たことのない社長の怒りを目の当たりにして、私はMさんに社長へ謝るよう促しました。
「私、間違ってるでしょうか? おかしいのは社長のほうじゃないですか!」
一歩も引かないMさん。
私は別室へMさんを呼び、過去の私の失敗談を話しました。

あのね、まだ20代の頃、私は上司に言われたことがあるの。
「いつもお前は正論だ。誰かと口論になったりするときも、たいていはお前の方が正しい。けど、どんなに正論であっても、お前の言い方や態度だと相手は受け入れづらい場合も多々ある。」
「どうしてですか?!」と食ってかかる私に上司はこう言ったの。
「お前は正論を吐いて気持ちいいかもしれないけど、言われた方の立場を考えた事があるか?特に、相手が先輩や上司だったりした時、人前でお前にやり込められたような形になっている事が沢山あるだろう。お前は気持ちいいかもしれないけど、言われた方がたまらんよな。時々、俺でさえこう思う事がある。お前は間違いを正したいんじゃなくて、自分の方が正しいと自分を偉く見せたいだけなんじゃないかって。そうじゃないとは思うけど、そう見えるということ。もし、お前に相手に対する尊敬やいたわりの気持ちがもう少しあったら、会議中に大勢の前で先輩にダメだししたり、課長の間違いを指摘したりはしないだろう。どれだけ正論を言っても、お前の言い方や態度では相手は受け入れ難く感じていると俺は思う。お前、いつか誰かに後ろから刺されるぞ。人は正論だけでは動かない。尊敬や思いやりや愛情や、そういう温かいものがなければ間違いや誤りを指摘される場合は余計にそうだよな。お前は相手を追いつめすぎる。もっと、人に対して温かい気持ちで話をしてみろ。剛速球を投げ込むだけが能じゃないだろう。もっと相手が受け取りやすい球を投げてやれ。」ってね。
さっきのMさんが言ったことは間違ってないと思うよ。だけど、社長をみんなの前で否定する言い方したら、それは社長だって立場があるし、受け入れ難い時だってあると思うし、意見の中身以前に、Mさんの言い方はケンカ腰だったよね。あれじゃあ、社長が怒るのも無理ないと思う。若い時の私にMさんそっくりだったよ。

「ちっちゃい男!」
そう毒づいたMさんでしたが、私にたしなめられて、素直な本来のMさんの表情に戻ってきました。

「私の言う事がなかなかみんなに受け入れられないのは、投げたボールを受け取りづらいからだったんですね。どんなに正論でも受け入れてもらえない。面倒くさいし歯がゆいですけど、確かに誰に言われるかとか、どんな言われ方をするかで私自身も相手が正しいと頭では分かっていても反発する時もあります。これから気を付けるようにします。ありがとうございました。」
Mさんはそう言って社長に謝りに行きました。

私もかつて一度だけ、Mさんから胸元に正論を突き付けられたことがあります。ある事件がきっかけでかなりの精神的ダメージを受けていたにも関わらず、そんなことはおかまいなしにグイグイと正論の刃を突き付けてくるMさんに対して「うるさい!」と拒絶反応を示したことがあります。
ただ、その時一度だけだったので、私はMさんへのネガティブイメージは尾を引きませんでした。

しかし残念ながら、社長はこれまでの負債が貯まりすぎていたのか堪忍袋の緒が完全に切れてしまい、暫くの後、Mさんは会社を去ることになってしまいました。
Mさんは多くの場合正しかったと思います。しかし、その正論の示し方は正しくなかったのだと思います。
かつての苦い思い出です。

人は正論だけでは動きません。相手への温かい気持ちが備わって初めて正論が正論として受け入れられるのでしょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です