「規則なので守ってください!」
明らかにおかしいと思われる規則でも「ルールはルール」と押しつけられることに子供の頃からとても違和感を覚え、「規則は破るためにある」などと豪語し、校則変更の全校運動を働きかけたことがありました。

着物を着るようになっては、いわゆる着物ルールに堅苦しさを感じ、自分流にアレンジするようになりました。
例えば着物は5月までは袷(裏付きの着物)を着ることとされていますが、3月でも夏日になるような昨今。4月だろうと5月だろうと、暑ければ私は単衣(裏地のない着物)を着ます。

茶道では炉のお点前の場合、柄杓の合は窯のふちに落として置くと教本には載っていますが、窯が炉縁に対して低い場合、合を完全に落としてしまっては安定が悪いので、窯のふちに少し合をもたせかけます。
先生によっては教本通りとおっしゃる方もいらっしゃいますが、私の先生は臨機応変を常におっしゃっています。

ルールやマニュアルに従えば守られている感がして安心なのかもしれません。
しかし、すなわちそれは「思考停止」になっているのと同じではないでしょうか。
上司の言う事だから聞いておこう。
偉い人が言ったことだから従おう。
役所が言うんだからきっとそうなんだ。
そこに自分の「意志」や「考え」「気持ち」は全く存在せず、ただロボット化しているだけになっているのです。

仕事におけるルールやマニュアルも然りです。
ご相談を頂く中で、明らかにそのマニュアルは時代錯誤も良いところと感じたり、ルールがおかしいと思う時があります。
「マニュアルを刷新したほうがいいんじゃないですか?」
「ルール変更すべきだと思いますが」
私は遠慮なくご提案します。
ところが!

「このマニュアルには創業者の想いが入っているので、変えることを上がYesとは言わないと思うんです。私たちは古いと思っているんですけど。」
「ルール変更するとなると、稟議とか大変なんですよ。変えたルールで問題が起きたら責めを負わなきゃいけないし。」

こんな返答が返ってくるのですからどうしようもありません。
全くぅ、「喝!!!」と言ってしまいそうになります。

何のためのマニュアルなんですか? 何のためのルールなんですか?
そんな思考停止状態でイノベーションが起きないとか、若手が意見を言わないとか嘆くこと自体おかしくないですか?
あなた自身がまず、常に頭をフル回転させるべきじゃないですか?

私のきつーい愛のムチならぬ愛の叱咤が飛ぶのです。

ルールは守るためにあるのではないし、マニュアルも同じです。
両方とも仕事の成果をより高めるために存在するはずなのです。
時代が変われば考えも変わりルールやマニュアルが変わるのは当然のこと。
相手が変われば求められるニーズも変わり、対応が変わるのも当たり前のこと。
ルールやマニュアルに相手や自分を当てはめるのではなく、相手や自分のためにルールやマニュアルをどう活かし、必要により改善していくことが必要なのです。

あなたは思考停止に陥っていませんか?
ルールもマニュアルも「完全」「完璧」ではないのです。
ルールやマニュアルに踊らされるのではなく、それらで相手を縛りつけるのでもなく、しっかりと自分の頭で考え行動する、またそんなメンバーを育成したいものですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です