弊社Facebookの投稿記事にいつも「いいね!」を下さる方。
その中に、見知らぬお名前の方がいらっしゃいました。
いつもいつも「いいね!」を下さるので、「どんな方だろう。どこかでお会いしたことがあるのかな。」と不思議に思い、その方のプロフィールを拝見したのですが全く思い当たる節がありません。
唯一、お住まいが私の出身地ということだけが共通点でした。

「同郷の娘が都会で頑張ってるから応援してくださってるのかな。」
単純にそんな風に思っていました。

その後もその方の「いいね!」は続き、見ず知らずの方が応援して下さっている事がとても嬉しくありがたく、お礼をお伝えしたいと思い、再度、その方のページを訪れました。
そこで、1枚の写真が目に飛び込んできました。
それは、奥様と思われる女性と仲良く微笑んで映っているものでした。

「両親の年齢ほどではないし、だからと言って、少し上の世代の方でこのお名前の方は存じ上げないな。」
写真を見ながらそう思ったものの、何かがひっかかかり、もう一度写真をよく見直しました。
男性の方ではなく女性の方が優しいその笑顔にどこか見覚えがある気がしたのです。

どなたかしら・・・
どっかでお目にかかったことがあるのかしら・・・
18歳で東京に出てきた私には、故郷での知り合いはそう多くはありません。
この苗字は親戚にはいるけど、違うし・・・

「あ!」
突然にあることに気づきました。
「星加先生だ!」

星加先生とは私が幼稚園年少クラス、つまり3歳から4歳の時にお世話になった幼稚園の先生です。
星加先生が大好きで、幼稚園を卒園後も、小学校、中学校と大人になってもずっと年賀状のご挨拶だけは行っていました。
先生が嫁がれて名字が変わり、お住まいが広島へ移られた後も1年に1回のご挨拶は続き、もう随分と前に愛媛へ戻られた際のご住所も昔と同じ住所で、幼少の頃から変わらぬ場所でずっと先生に見守られているそんな気がしていました。

星加先生(旧姓)の年賀状は、手作りのそれで、色紙が使われていたり、端切れだったり、水彩絵の具で可愛くペインティングされていたりと、毎年毎年、頂くのが楽しみでした。
そこに書かれた文字は丸味を帯びた柔らかさがあり、幼い頃にお世話にな先生の優しさが文字にも溢れています。

「絶対に星加先生だ!隣の男性はきっとご主人さまだ!」
確信にも似た思いがありました。

ご主人さまだと思われる男性にメッセージを送りました。
いつも「いいね!」を下さっている事へのお礼。そして、直接は存じ上げないけれども、もしかしたら奥様とご縁があるのではないかと私が思っているということを。

暫くして返信がありました。
「妻の旧姓は星加です。」

感激のあまり飛び上がって喜びました。
半世紀もの間、一度もお目にかかることもなく、年に一度の年賀状のやり取りだけの幼稚園の教え子に、今なおFacebookページを見つけて黙って見守り応援して下さっている。
感謝という言葉では言い表すことができない思いが溢れてきました。

直接顔を合わせて会うことがなくても、言葉を交わすことがなくても、どこかで繋がっている。
星加先生とのご縁に心から感謝しました。
そして思ったのです。

ただ温かく見守る。そっと見守る。
まさに無償の愛です。

見ていてくれる人がいる。応援してくれている人がいる。
それが分かっているだけでどれだけ心強いことか。どれだけ力になることか。

星加先生から頂いた無償の愛。
「恩送り」として私はそれを他の方達に向けたいと思っています。
温かく見守る。そっと見守る。
ただその人の笑顔と喜びと幸せを願って応援する。応援し続ける。

これからも私は走り続けます。

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