(今日のブログ、お食事中の方はご注意くださいませ)

日曜夕方の公園はいつも愛犬家たちが沢山集まります。
私もゆうたくんと一緒に仲良しのワンママたちと一緒に、芝生の上に座ってまったりとしていました。

突然、一人のワンママの悲鳴が聞こえました。
公園の茂みに誰か(人間)がしてしまったと思われる汚物を悲鳴を上げたワンママのワンコが右顔にべったりとつけてしまっており、その臭気とともにワンコもパニックになっていたのでした。
ビックリして芝生に顔をこすりつけようとするワンコ。
その身体を震わせると汚物が飛び散ってしまい、ワンママもパニックに。

キャ~
どうしたの~???
いやだ~

すぐそばにいた他のワンママたちも大騒ぎになりました。

汚れてしまったワンコを何とか落ち着かせようと、リードを短く持ち声をかけるワンママ。
私は彼女のお散歩バッグを受け取り、できるだけ静かにワンコの名前を呼びかけながら落ち着かせようとしました。
ママがワンコを何とか抑え、私がティッシュで汚物の塊を拭いとろうとしますが、ワンコは興奮して暴れようとしています。

キャ~
大変~
可哀想~
臭~い

その間もワンママたちの甲高い声。
私は頭にきてしまいました。

「うるさい!!! ワンコが興奮するから黙ってて!」

可哀想とか大変とか口々に言うものの、誰もそのワンコとワンママに対して自分の手を汚してまで手を貸そうとする人はいませんでした。
「大丈夫?」「お水あるよ」「ティッシュ使って」など、汚物を脱ぐために色々なモノを差し出してくれる人はいましたが、皆その姿は腰が引けています。飛んでくる汚物の被害に自らが合わないように避けているのは明らかでした。すっかり興奮してしまいパニックになってしまったワンコと、飛び散った汚物で汚れてしまったワンママに直接的に手を貸す人は私以外には誰もいなかったのです。

応急措置を終えて、ワンコとワンママは大急ぎで帰っていきました。

可哀想にね~
あれ、臭い取れないよね~
いやだ~

まだ続く声。
私は久しぶりにプッツンしてしまいました。

「あのぉ。もうやめませんか。誰も直接的に手を貸さなかったじゃないですか。他人事だったんじゃないですか。それでいて「可哀想」とか言っても、なんか、嘘くさい・・・」

すっかり頭にきていた私は言ってしまったのです。きつ~い一言を。
「あなたたち、しょせんは『他人事』でしょ。」と。

暫くして、くだんのワンママから連絡がありました。
泣いていました。
「本当に真剣に寄り添ってくれたのはゆうたくんママだけだった。皆さんも心配してくれたんだろうけど、『臭~い』とか『いやだ~』とか言われて辛かった。ゆうたくんママも汚れちゃったでしょ。ごめんなさい。本当にありがとうございました。」

なぜ私が手を貸すことができたのかは自分でも分かりません。
汚れることが嫌ではなかったというと嘘になります。
しかし、目の前で大変になっている人をそれらしい言葉と表面的な態度だけで心配したふりをして(「ふり」という意識は皆さん、もちろんないでしょうが)、目の前で起こっている事件に対して「他人事」としてしまうことができなかったのです。

今回のワンコ事件ではたまたま私は他人事にならずに済みましたが、今度また何か問題があった時、常に「自分事」として受け止めることができるかどうかはわかりません。
まだまだそこまで出来た人間ではないからです。

今、世間ではセクハラ問題で騒がしくなっています。
いろいろな人がいろいろなことを言っていますが、「自分事」として捉え物申している人がどれくらいいるのかと疑問に思います。
もし、あなたがメンバーからセクハラ被害の相談をされた時、あなたは「自分事」として受け止め、考え、対処することができますか?

目の前で起こっている問題に対して、常に「自分事」として考えることができる、そして行動することができる人でありたいと思っています。

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