故郷でのワンコのお散歩コースは川沿いを抜けてからは表通りを一本入ったあまり車の通らない狭い道を歩きます。そこは比較的新しい住宅のあるエリアを過ぎると、昔は農家だったことが伺われる母屋と納屋のある古い木造のお家が続きます。今の時期は、どのお宅もお庭には色とりどりの花が咲き誇り、お散歩コースはさながらお花見コースでもあります。

そのうちの一軒の古いお家は、玄関周りから庭先、昔は納屋があったと思われる場所まで、いつもたくさんのお花で埋め尽くされていて、それはそれは見事なのですが、数日前からは淡いピンク色の芍薬の蕾が開き始め、すぐ傍に咲いている同じく薄ピンク色の大輪のバラとの共演が素晴らしく、ついつい足を止めて見惚れる日が続きました。

今朝もうっとりと芍薬に見とれていると、家主と思われる80代も半ばを過ぎているだろうと思しきおばあさんがお家から出てきました。
「おはようございます。あまりにもお花が綺麗で、芍薬が本当に見事なので、ついつい見とれてしまって。楽しませていただきました。」

すると、そのおばあさんは、にっこり微笑んでこう言ったのです。
「知っとるよ。ワンちゃん連れて、よう花見よるよの。芍薬、何本か持っていきなさい。今、切ったげるけん待っといて。」

突然の展開にびっくりした私は、そんなつもりで言ったのではなく、本当にきれいで見とれてしまった。母が花の中では芍薬が一番好きなので、綺麗に咲いているお家があるんだと教えてあげたくて、実はこっそり写真を撮らせてもらったことがあるのだけど、頂いて帰るつもりなどさらさらないことを慌てて話しました。

「せっかく綺麗に咲いたの、喜んでもらえるんだったら嬉しいけん、ほんならお母さんに持って帰ってあげて。」
そう言いながら、おばあさんは慣れた手つきで花切狭を扱い、今が見ごろの芍薬を3本切って私に持たせてくれました。

あまりの嬉しさに、少しでも早く母に見せてあげたくて、おばあさんに丁寧にお礼を言うと、お散歩を途中で引き返して大急ぎで帰りました。
「ただいま~。お土産~。」

私の声にだるい体を引きずりながら玄関に出てきた母でしたが、そのピンクの大きく可憐に咲いた花を見るなり、満面の笑顔に変わりました。
「うわぁ!芍薬だ!昨日言ってたお家の?もらってきたの?すごい綺麗!うれしい~~~。」

少女のようにはしゃぐ母は急に元気になり、大きなガラスの花瓶にその芍薬を生けて嬉しそうに眺めていました。

「あのね、お花のお礼になんかしたいんだけど、何かある?」
私が母に聞くと、「何もない」との答えでした。
地元の方なのでこちらのお菓子を差し上げても意味がないし、和菓子を作ってお届けしようにも材料も道具も今回はこちらへ持って帰っていません。
どうしたものかと考えていると、「あ!昨日煮た五目豆。あれがいいよ!」と母が言いました。

常備菜として昨日、私が煮た五目豆。それをお礼にと母は言うのです。
さすがに私は気が引けました。
「え~~~。ちょっと、それは・・・。お口に合うかどうかわからないし・・・。自信ない・・・。」

「お味は絶対大丈夫よ。あれがいい!」
何も代わるものがない事と、母の訳のわからない自信のリコメンドに背中を押され、小さなタッパーに五目豆を入れ、花柄のナフキンで包みピンクのリボンをかけてお昼前におばあさんのお家にお礼に伺いました。

「今朝ほどはどうもありがとうございました。これ、お口に合うかどうかわかりませんが、私が昨日煮た五目豆なんです。よろしければ召し上がってください。母が本当に喜んでいまして、私も良い親孝行ができました。本当にありがとうございました。」
後にも先にも自分が作ったお惣菜を他人様に差し上げるのは初めてです。緊張しなかったと言えば嘘になります。

昔は花農家だったけど、今はお一人で大きなお家に暮らしているというそのおばあさん。
「そんなんせられん。そんなつもりであげたんじゃないのに。」と最初は遠慮なさったのですが、それでも嬉しそうに私が差し出した包みを両手で大事そうに受け取ってくださいました。
今度はワンコ連れではなく車だった私を見て、大きな鉢植えのお花を持って帰るようにと言ってくれたのですが、今回は丁重にお断りをしてお宅を後にしました。

実家からさほど遠くない所ですが全く見ず知らずのおばあさん。お花がご縁でとても仲良くなり、「帰省した時には遠慮せずに遊びに来なさい」と言ってもらい、なんだか心がぽかぽかと温かくなりました。

「買ってきたお菓子とか、珍しいものとかじゃなくて、あんたが作ったお惣菜だから良かったんだと思うよ。」と言う母。
そうかもしれません。
かっこつけず、そのまんまの感謝の気持ちを素直に表したのが五目豆。
お口に合うといいけどな。

人と人との心の触れ合いは、何も難しいことではなく、本当にちょっとしたことなのだと思います。
「綺麗ですね。」
「ありがとう」
「喜んでもらえるなら」
「ほんのお礼の気持ちです」
「またいつでも来なさいね」

芍薬と五目豆がつないでくれたご縁。
おばあさんとの出会いはシンプルに行動することの大切さも学ぶことができた、今年のゴールデンウイークの大きな収穫の一つです。