研修終了後、参加者のAさんが同じグループだったBさんについてコメントしました。
「Bさんは何を聞かれても『それはちゃんとやってる』『それは分かってる』という感じで全部跳ね返すんで、みんな、Bさんに話すの嫌になっちゃうんですよね。」

Bさんはそのグループの中では一番の年上で、仕事もデキる人でした。
そのBさんについてAさんの「なんだかなぁ・・・」と言ったコメントです。
そのグループのセッションに私は立ち会っていないかったので、詳細については分かりませんが、おおよその状況は想像がつきました。
だって、Bさんは以前の私にそっくりだからです。

「あ~、何だかわかる気がする。Bさんって、昔の私と同じタイプだもの。みんなからしたら、はっきり言ってうっとおしいというか、チームの雰囲気悪くするかもね。『私はあなたたちよりたくさん知っているし、私はあなたたちとは違うのよ』オーラが出てるのかな?」

「えっとぉぉぉ・・・。尾藤先生がそうだったかどうかは分かりませんが・・・。そうです・・・。」

「そっかぁ。それは同じグループで大変だったね。でも、もしかしたらBさんの内面、私たちの目には見えない心の奥底で何か小さな変化が起きているかもしれないから、そこは温かく見守ってあげる、っていうのはどう?」

苦笑いしながらも頷いてくれたAさん。
「本当に尾藤先生、あんな感じだったんですか?」
と問うので、
「もっとひどかったかもしれない。ううん、多分、だいぶひどかったと思うよ。」
と言いました。

人はできていると思っていることが正しくできているとは限らないし、
やっているつもりのことがきちんとできているとは限りません。
ところが、みんな、「できている」「やっている」と勘違いしているところがあり、
一般的に「優秀」「仕事ができる」という人ほど、そこの勘違い度が大きな傾向があるようです。
なぜそんな大きな勘違いになってしまうのか。
人によって原因は様々でしょうが、例えば、「そう思いたい。できていると思いたい」という強い願いが
いつの間にか「できている」という思いに勝手に転換してしまうなどがあるようです。
そんな時、他人から「できていないよ」と指摘されると猛反発してしまいます。
だって、自分はできていると思っているわけですから。
実際、Bさんはさりげなくそんな指摘をメンバーから受けたとき、物凄い勢いで持論を展開し、聞いていたみんなは閉口してしまったのだとか。
ますます周囲を遠ざけてしまう悪循環に陥っているとも気がつかないで。

そんなBさんや私のように鼻っ柱が強い勘違いさんたちも、いつか、自分で気が付く時があります。
その時がチャンス!
しかしそんなちょっと困ったさんたちの上司であったなら、彼らが自分で気が付く時をただ黙って待つのではなく、気が付くきっかけを作ってあげたいものです。
だって、気が付くのが早ければ早いほど、成長への一歩も早く踏み出すことができるのですから。

その気が付くきかっけは人によって色々です。
Kさんが気がついたきっかけでNさんが気がつくとは限りません。
誰も気がつかなくてもMさんだけに響くきっかけがあるかもしれません。

「気がつかないんだよね。強情で。」
そんな風に匙を投げてしまうのではなく、根気よく、あーでもない、こーでもないと関りを保ち続けたいものです。

何を隠そう、気が付くのに人一倍、いえ、人十倍かかった私です。
私にそんなきっかけを懇切丁寧に根気よく投げかけてくれるマネージャーがいたならば、私の気づきと変化はもう少し早かったんだろうと思うのですが、私の場合は自分で気が付くまで失敗の連続だったため、本当にBさんのような人たちの気持ちが痛いほどわかるし、「変わる苦労」も誰よりも分かると言って過言ではありません。

もし、あなたの周りに頭の固いカッチンカッチンの人がいたとしても、どうかあきらめないでください。
そんなカッチンカッチンも、手を変え品を変え、愛情のスパイスもたくさん加えることで、必ず柔らかくどんなことをも吸収する質の良いスポンジに変わるのだと私は信じています。
くれぐれも頭ごなしに「No!」を突き付けるのではなく、本人が自ら気が付く、そのきっかけを上手に作ってあげることが大切なのです。

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