「悲しいかな人間は誰しも年を取る。時代が変わって昔のやり方と変わってしまうことがある。
今、上手くできない人でも、若い時にはもっと活躍できていただろうし、時代が変わる前は最前線だったかもしれない。
そういうことを抜きにして、『今』だけを見て、『できてない』とか『そこ違っていますよ』とか『ちゃんとやってください』とか無感情に言うのはどうかと思う。
今現在できていない人でも、それなりにプライドはある。それに、その人が輝いていた時があったのも事実。
だから、『今』だけを見るのではなく、その人たちに対してもちゃんとリスペクトの気持ちを持って接することが大切なんですよ。」

これは年上の部下に対する接し方についての話ではありません。
私が師と仰ぐ茶道の先生が同じ社中のご高齢の方々について私たちがどう接するべきかについてお話下さったことです。全くマネジメントに通じるお話で、茶室で正座をして聞いていた私の背中が一層シャキンと伸びました。

相手への尊敬を決して忘れてはいけない

全く耳の痛い話で、かつての私はメンバーへのリスペクトも、グループ会社の方々へのリスペクトも、ややもすれば上司に対するリスペクトさえもなかったように思います。
要は「自分中心」だったのですね。

メンバーがいてくれるからチームが存在し、私がマネージャーとして活躍できる場ができる。
グループ会社がいてくれるから親会社が痒いところにまで対応することができる。
上司がいてくれるから私が我がまま放題に行動することができる。
こんなことは考えもしていませんでした。

スポーツでの勝者と敗者。戦う相手がいて初めて勝者になることができるのです。だとしたら、勝者は敗者にリスペクトして当然です。
野球のピッチャーとバッター。ピッチャーがボールを投げてくれるからバッターはヒットやホームランを打ち、「凄いバッターだ」と称賛される。だとしたら、打たれたピッチャーに対してバッターがリスペクトするのも当然です。

つまり、自分一人ではなにも成立しない。
全ては相手がいてこその自分。
直接には関係ないように感じても、どこかで必ず因果関係がある。
だからリスペクトを忘れてはいけない。
それだけのことです。

相手へのリスペクトがしっかりあれば、同じことを言うのでもモノの言い方は変わってくるでしょうし、そもそものモノの見方それ自体が変わるというものです。

あなたはメンバーをリスペクトしていますか?
周囲の関わる人達に対してもリスペクトをしていますか?

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