隔週金曜日に日経新聞スポーツ欄に掲載される三浦知良さんのコラム。
いつも楽しみに読んでいるのですが、今回も、グッと響く言葉がありました。

差別に訴えるとき人は違いを強調するけど、違い以上に共通項が多いものね。
(中略)
農作物では雑種で生まれた一代目が、親より耐性が強くなって大きなる法則があるらしい。
ルーツや文化が交じることの恩恵はサッカーでもあるだろう。
(中略)
小さいころから身体能力の高い子と競う子は、おそらくプレー水準が引き上げられる。
自分とは異質なライバルが隣に出現することで、自分も伸びうるんだ。

(2018年9月14日 日本経済新聞朝刊 ”サッカー人として”三浦知良氏コラムより抜粋)

マネージャーや社員の皆さんから寄せられるお悩みの多くに、自分とは「異質」なものに対するものが多くあります。
・男性マネージャーからは「女性のメンバーは扱いづらい」
・若手マネージャーからは「年上のメンバーは接しづらい」
・この道一筋の純潔メンバーからは「畑違いの部署から来た上司に何がわかるの」
・入社以来会社で心血を注いで頑張ってきた社員からは「転職組がうちの会社でやれるのか」
・あの人、変わってて嫌だ。うちのチームで浮いている

例を挙げればまだまだ山ほどあります。
共通するのは全て、「自分とは違う」という、自分とは異質な人に対する抵抗感からくる悩みなのです。

この時、三浦さんが言うように、「異質」なことに意識をフォーカスするのではなく、「同質」なことに目を向けるだけで、おそらく気持ちの持ちようが全く変わってくるのではないでしょうか。

人は、誰かと仲良くなりたいと願った時、無意識のうちにその人との「共通項」を探そうとするものです。
「出身が同じだね。」
「僕もサッカーやってたんだ。」
「あのアーティストいいよね。」
「そうそう、あそこの定食屋の鯖味噌、俺も好きなんだよ。」
何も見つからない時には、「同世代だもんね」とか「やっぱ、関西人はさ」とか、すごく大きな括りの中で半ば無理やり共通点を相手にアピールしたりして・・・。

と言うことは、裏を返せば、「違い」にばかり目を向けるということは、鼻っから仲良くなろうという気がないとも取れないでしょうか。

いや、そんなつもりでは・・・
ただ、異質なところが目に付くんですよ。
癇に障るというか・・・

皆さん、そうおっしゃるのですが、それでも見方を変えて「共通点探し」をしてもらうと、その異質はほんの些細な事であり、それまで自分が感じていた悩みが取るに足らないものだと気がつくようです。

異質だっていいじゃないですか。
三浦さんも言うように、いえ、多くの科学者や先人たちが言うように、「純血種は弱い」のです。
(純潔種を否定しているのでは決してありません。誤解のないように。)
作物が雑種が強いように、動物も雑種の方が強いです。
雑種と言うと聞こえが悪いので、ペットの世界では「ミックス」とおしゃれな呼び方をしていますよね。

話がそれました。
つまり、同質ばかりのチームより、色々なタイプがより集うミックス集団の方がチームだって強いに決まっているのです。
そしてそういうチームの方が、様々な化学変化が起きて、とんでもない発想からイノベーションが起こったり、想像を超えた成長が生まれたりするのです。

相変わらずカズは良いこと言うな~。
そんなことを考えながら、お気に入りコラムを何度も読み返したのでした。

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