ノーベル医学・生理学賞の授与が決まった京都大学の本庶佑さん。
その功績がどれほど偉大なものなのか、おそらく私の想像を遥かに超えたとても素晴らしいことなのでしょうが、それはさておき、本庶さんが子供たちに向けて発しておられた言葉に私はとても共感を覚えたのでした。

教科書に書いてあることを信じるな
当たり前を疑え

この視点がなければ文明の発展などあり得ない。

とてもごもっとなご意見です。
とっても難しいですけれど。

ただ、私が共感したのはココではなく、この先です。

何ができるかではなく、何をしたいのかを考えろ。
何ができるかで考えると小さくまとまってしまい、結果的に今の枠組みを超えられない。
そうではなく、何をしたいのかに常に意識を向けろ。

この意識。本当に大切です。
どんなに課題意識を持ち、より良い未来を思い描いたとして、
「私にできることはこれくらいだから・・・。う~ん・・・。やっぱり難しいかも・・・」
となってしまうのがオチです。
「部長が反対するだろうしな・・・」
「経営者があれじゃあな・・・」
とかなんとか、「できない理由」「難しい理由」を探しだしては自分の力の限界を嘆き・・・
これって、本庶先生から見ると、いえ、本庶先生でなくとも私から言わせていただいても、これはただの「言い逃れ」「当事者意識の欠如」「他責くん~」だと思います。

自分にできることはこれくらい。
経営者だったらできるんだけどな。

そうではなくて、「こうしたい!」と強い思いのもとに、
「じゃあ、どうすればできるか?」
「誰を協力者にすればいいのか?」
「そのためにどんな行動をすればいいのか?」
と考えるのです。

つまり、現状の限られた資源からあーだーこーだと考え、やっぱり資源不足だから無理かもね・・・
と「今から未来」を考えるのではなく、
こんな素晴らしい未来を手に入れたいんだけど、何がどれくらい必要なのかな、そのためにはどんな工夫をすれば良いのかな
と「未来から逆算して今」をどうしていけば良いのかを考えるのです。

けれどもこの考え方ができるのは、やはり「当事者意識」があってのこと。
つまり、「誰かがどうにかしてくれるだろう」「自分の問題ではない」ではなく
「これは自分が何とかするんだ」「この問題は自分たちの問題なんだ」という当事者意識。
いえ、ただの当事者意識ではなく、「圧倒的当事者意識」が必要なのでしょう。

でも、その圧倒的当事者意識はどうやったら培われるのでしょうか。

私はメンバーによく「逃がさないよ~」と笑いながら言うのですが、これはつまり、「あなたは当事者なんだよ」と言う意味です。
だから、言われたことだけをやっていればいいのではなく、「あなたにも責任がある」と言うことを明確に説明し、その役割と責任を本人が納得して理解するまで、徹底的に説明します。
最終的な物理的道義的責任は私が負うとして、それはあくまでも役割上、そうなるだけで、この仕事の、プロジェクトの、責任は皆全員が等しく負っているということを、口が酸っぱくなるほどに言い続けるのです。
そう、言い続けるのです。

Stick to the question! (疑問にこだわれ!)
が口癖だったという本庶先生。
先生のその口癖も、学生たちに当事者意識を植え付けるベースとなったのかもしれません。

うちのメンバー、他責なんですよね。当事者意識欠如していて・・・・。
嘆いていても何も始まりません。
最初から当事者意識を持っているメンバーの方が少ないと思っていれば良いのです。
それをいかに育てるか。
それもマネージャーとしてのあなたの腕の見せ所です。

メンバーの能力に応じた役割と責任をしっかりと割り振り、あなたが諦めずに「hold the ownership!」と言い続けることです。
もちろん、あなた自身が圧倒的当事者意識をしっかりと持っていることが大前提ですけどね。

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