「尾藤さんはどうして、そんなに気持ちがわかるんですか?」

こんな質問をよくいただきます。

私は特別に人の気持ちが分かる人ではありません。
「尾藤さんは、僕らの気持ちなんか、全然わからない!」
とかつて、メンバーから訴えられたことだってあります。
今、もし、私が他人の気持ちが少しは分かるようになれているとしたら・・・
それはおそらく、「目に見えているモノ」だけに囚われていないからだと思います。

かつて所属していたチームでは、「左脳派がエライ! 右脳派はイマイチ・・・」という、訳の分からない暗黙知がありました。
完全右脳派の私は、必死で左脳を鍛えたものです。
その反動? 悪影響?
目に見えているモノ、耳に聞こえているモノ、つまり、理屈で説明がつくモノに極端なまでに意識が向くようになってしまい、「何となく感じる」「直感!」「ひらめいた!」的な、まさしく私の得意分野を封印してしまったのです。

相手が発した言葉のみを表面的に捉え、その奥底に潜んでいる感情を「感じる」ということをしなくなってしまいました。
相手がそもそもどんな価値観を持っているのか、
口ではそう言っているけど、本当の本当はどうなのか、
不安そうな表情をしているのか、目は笑っているか、
声が弾んでいるか、楽しそうな言葉とは裏腹に心は泣いていないか、
そういった事柄に、無関心になってしまったのです。
だって、それらは理屈で説明するのは難しかったから・・・・

けれども、今は違います。

ポジションが上になればなるほど、いえ、対人関係を良くしたいと思うのであれば誰でも、もっと「感じる」ということを大切にすべきです。
何故なら、人は機械ではないからです。
目に見えている、耳に聞こえている、そういった表面的な事柄だけで物事を判断するのではなく、見えるモノ、聞こえるモノ、感じたコト、考えたコトなど、右脳も左脳も、そして心も全てを総動員するのです。

今、私が人の気持ちが分かるのだとしたら、それは、「わかる」のではなく、「感じる」力が以前よりも研ぎ澄まされてきたからなのかもしれません。

優しくなれというのではありません。
相手の気持ちに配慮する、相手の気持ちを察するということは対人関係においてとても大切なことだと、当たり前のことではありますが、ついつい疎かになってしまいがちなことを大切にしたいだけです。

だって、「あの人、無神経なのよね。」「なんか、全然、人の気持ちにお構いなしだよね。」
と言われるよりも、
「うちのリーダーは僕らの気持ちを分かってくれている」「うちのリーダーは人の心が分かる人なんだ」
と言う方が、絶対的に、メンバーも気持ちよく一緒に頑張ってくれると思いませんか?

自分は完全左脳派だというあなた。
鍛えれば右脳はちゃんと働きます。
まずは、目に見えていないモノを見る、つまり、「感じる」ことから初めてみませんか。

自分は右脳派だよというあなた。
もっともっと右脳を鍛えましょう。
これからのAI時代。左脳で戦うよりも、右脳を鍛えてあなたのオリジナリティを磨いてみませんか。

そして、最終的には右脳も左脳もバランスよく。
それが理想的なのだと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です