若かりし頃の私の交友範囲は、仕事を中心としたものでした。異業種交流会の参加を上司から促されても全く無視。旅行業界で女性として地位を成したいと思っていたので、業界の先輩達やお客様との時間に重きを置き、それ以外の人たちとの時間はほぼ持たなかったように思います。仕事に必要なスキルを身につけることに必死で、とにもかくにも仕事を中心。その直接的なメリットになるかならないかが全ての判断基準でした。

 

今、私は茶道や着付けを習うことで日本文化の奥深さと考え方を学び、ドッグランでの朝夕のワンママ友との時間を大切にすることで人づきあいや育成のヒントを会得しています。仕事がらみ以外の様々な集まりにも積極的に参加し、仕事とは全く無関係な人たちとの関りも大切にしています。

お陰様で、この1年で私の交友範囲はとても幅広いものになりました。

下は小学4年生から上は80歳を超えたご婦人。中国からの留学生や元刑事さん。盲導犬の普及活動に熱心なご夫婦や50歳を目前に夫婦で海外留学を目指している方。LGBTであることを隠さず公務員として働いている人。ピアノの先生。二人の子供を立派に育て上げて今は太極拳に一生懸命なおばあちゃま等々。過去の私では考えられないほど、様々な方たちとふれあいの時間を持つようになりました。

ここでは仕事の肩書も実績も全く無意味であり、人と人との付き合いが全てです。

人生の先輩達との時間では「へ~、そんな考え方あるんだ。」「私、まだまだ未熟だな。人として・・・」と感じたり、

小学生や中学生とのお喋りでは「私にもこんな頃があったはずだよね。いつまでも純粋さって失くしたくない」と思ったり。

留学生からはいつも彼らの溢れんばかりのエネルギーを感じ、「この強さはどこから来るんだろう。私も彼らに負けないように。」と思います。

そして、当たり前のことですが、100人いれば100通り。いろいろな考え方、感じ方があるということ。

仕事以外の場面において、肩書や実績は何の役にも立たず、すべては人間力にかかっていること。

完全フラットな立場で相手を見つめていると、どんどんと相手の良いところが見えてきて、自分も見習いたいと思うこと。

そんなことを感じるのです。

 

そんな日々を過ごしているうちに、仕事においても自然と私自身の思考の凝り固まりがほぐれてきて、視野が少しずつ広がってきたように思います。若かったころは、スキルを磨くことで自分を少しでも大きく見せることに必死でしたが、今は、スキルよりもそのベースとなる人としての土台、あり方を意識しているので、幅広い年齢層の様々な方たちとの交流が私にとって刺激的であり、私の人としての厚みを増す手伝いをしてくれているのかもしれません。

 

どうやったら幅広い視点で物事を考えられるようになるんだろう。固定観念にとらわれないようにしたい。

こんな相談をよくいただきます。

様々な本を沢山読む。これは1つの方法だと思います。しかし、生身のふれあいに勝るものはないのではないでしょうか。様々な年代、国籍、仕事の様々な方たちとふれあう。そして、その中にいる時の自分を客観的に見つめることによって、改めて、本当の自分が見えてくるような気がします。

そうすることで、ガチガチに凝り固まった自分ではなく、少しずつですが柔軟で幅広いモノの見方が身についてくるのではないでしょうか。

 

 

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