都内某所の工事現場。
大型工事車両の出入りに伴い、交通整理をしている係の男性がいるのはよくあること。

その日常の風景で、「えっ???」と感じる場面がありました。
若き現場リーダーと思しき男性が、年配の男性を物凄い大きな声で怒鳴っているのです。

「そんなんじゃぁ、通行人にわかんないだろう!」
「ちゃんと状況見てやれよ!」
「そうじゃないだろう! こんなこともできないのかよ!!!」

年配の男性は何度も申し訳なさそうに頭を下げ、私たち通行人にも何度も頭を下げ、ただの通りすがりの私ですが、その男性が気の毒でたまらなくなってしまいました。

このような現場での交通整理はその男性にとっては初めてだったのかもしれません。
確かに、「そのタイミングで人を通したら危ないでしょ」「トラックの方、ちゃんと見てないのかな」と感じることはありました。
しかしそれよりも、若い男性が怒鳴っている姿に私は大いに不快感を感じたのです。

出来ていないことがあるにせよ、その言い方はないんじゃないですか?
役割は監督指導する立場にあるかもしれないけれど、人間性を否定するような言い方は良くないのではないですか?
何より、その怒鳴り声から感じられる怒りとイライラとが周囲に発散され、聞いている、いえ、否が応なしに聞かされる私たちはとても不愉快に感じるのですが・・・。

これは工事現場での出来事ですが、これはよく見られる光景です。
例えば、デパートの売り場でお客様は気づいていないと思っているかもしれないけれども見えてしまっている指導風景。
病院で婦長さんが若い看護師さんを指導している様子。
そして私たちの職場でももしかしたら日常かもしれません。

指導している方は一生懸命かもしれません。
しかし、指導とは感情をぶちまけることではありません。
それは指導される側を単に委縮させるだけに終わる可能性が大ですし、何より傍で聞いている方は本当に不愉快に感じるものです。
指導とは相手の成長を願って相手が理解・受容できるように行うもので、感情をぶつけることでは決してありません。

現場監督のお兄さん、満たされていないんだろうな~
そんな風に思った私です。
そう! 感情を相手にぶつけてしまっているあなたは何かしら満たされていないのかもしれませんよ。

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