「尾藤さんは天に貯金しているね。」

こんな素敵な言葉を尊敬する経営者の先輩Sさんからいただいたのはつい最近の事でした。
昨秋、実家のあった愛媛県から両親を東京へ呼び寄せ、以来、仕事と介護(もどき)の両立の日々。
自分の意思で始めたことなのでそこに不満は全くありません。
ただ、衰えゆく父や母の姿を見ていると、胸が締め付けられるような思いになることが多く、そのやるせなさをプライベートのフェイスブックに綴った時、それをご覧になったSさんが「天に貯金している」とおっしゃってくださったのです。

何か見返りを求めているわけでは全くなく、両親への思いはこれまで好き勝手に過ごしてきた罪滅ぼしというか、ワガママで危なっかしい私を常に温かく見守り続けてくれた恩返しというか、それはある意味、私の一方的な押し付けなのかもしれません。
どんなに一生懸命尽くしても、確実に別れの日に向かって進んでいく時間を思うと、自然と涙が溢れ出ることもあります。
そんな時、「天に貯金している」という言葉をSさんから頂き、何か救われた気がしました。

このようなことに限らず、報われないやるせなさ、届かない思いへのむなしさ、などの気持ちを抱くことは日常においてたくさんあります。
メンバーの成長がなかなか目に見える形で現れない時。
敢えて憎まれ役を買って出なければいけない時。
良い事をしても誰も気がつかず、それが長い間続いている時。

「今」または「近い将来」に結果や称賛などのご褒美に値する何かを手に入れることができるのなら頑張り続けることもできますが、全く何もなく、ただ続けるということは、悲しいかな私のような凡人には難しくなってしまうこともあるのです。
そんな時、「今は天に貯金している時なんだ」と思うことで、フッと胸のつかえが取れ、逆に頑張れるエネルギーが湧いてくるのですから不思議なものです。

今すぐに目の前に分かりやすいご褒美を得られなかったとしても、人生は因果応報、善因善果悪因悪果が必然です。
だとしたら、今は天に貯金の時なのだと思うことにより、むなしさや切なさ、やるせなさを自ら吹き飛ばすことができるのではないでしょうか。
いえ、特別なことでなくても、日々の小さな親切、ちょっとした気遣い、些細な心配り、それらすべてが天に貯金していることなのだと思います。

あなたは今、天に貯金をしていますか?

2019年03月24日

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