介護保険料収入が伸び悩む一方、それにかかる負担金は高齢化と共に創設当初の3倍になっており、そのしわ寄せは要支援1・2の人たちに重くのしかかっているとのニュースを耳にしました。
例えば要支援2の一人暮らしの方のお宅に食事の用意に入るヘルパーさん。
家に到着するなり挨拶もそこそこに食事の支度に取り掛かり・・・
何故なら、以前は60分時間を使えたのに、今は45分間しか割り当て時間がなく、本来なら色々おしゃべりすることによって気が付くことができるあれやこれやに時間を割く余裕はなく、最低限の事をやり終えるとあっという間に45分が経っており、そのお宅を後にしなければならないとのことでした。

今時の職場の実態と似ているな。
ぼんやりとニュースを見ながらそう思いました。

働き方改革の名のもとに残業時間削減が叫ばれ、効率化の名のもとに仕事のスピード化が余儀なくされています。
そのためか、たった2-3分の雑談さえも時間が惜しく、ランチタイムさえもそこそこに、とにかく限られた時間内で山盛りの仕事を片付けることに誰もかれもが必死の毎日です。

何のための働き方改革で、何のための効率化なのかと考えてしまいます。
残業を推奨しているわけではないし、無駄なお喋りを歓迎しているわけでもありません。
しかし、ピンと張り詰めた糸は切れやすく、遊びのないハンドルは事故を招きます。
働き方改革はあくまでも手段であり、その本来の目的は何かを真剣に考えた時、省くものと残すもの(守るもの)をもう一度見直してみても良いのではないでしょうか。

毎日たった5分間の雑談。
ランチタイムのたわいもないおしゃべり。
そんなところから仲間同士の変化に気づいたり、元気をもらったり、逆に元気を送れたり、勇気をもらったりできるものです。
バカ話からアイデアが湧くこともしばしば。
「タバコ部屋こそが最大のイノベーションルームだ」と言った人がいましたが、適度に気が抜けた状態での仲間内での雑談には、緊張した職場では見られない会話がなされているようです。

J社時代の私は、毎朝朝礼後の30分くらいは休憩室にこもり、コーヒーを飲みながら課も役職も年齢性別も超えた数人でおしゃべりに興じました。
「朝から遊んでる」と揶揄されることもしばしばでしたが、あの休憩室での30分は、アイデアが湧いてくる宝の部屋であり、競争心が掻き立てられるエネルギー補給の場であり、弱音を吐いたり涙することができる癒しの場でもありました。
「24時間働けますか♪」のモーレツ時代に頑張り続けることができたのは、あの「有意義な無駄」な時間があったからこそと思っています。

すべての無駄を排除するのではなく、健全な無駄は尊重されるべきだと思います。
働き方改革だと見直しを図るのであれば、そういったことも考慮に入れて、不必要な無駄と健全で必要な無駄とを見誤らないようにしなければいけません。

知っていますか?
メンバーが一番嫌いな上司のタイプ。
それは、「仕事の話しかしない人」だそうです。
健全な無駄を是非、大切にしてください。

2019年03月26日

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