自分自身のレベルアップのための講座へ向かう途中のことです。
3日間連続の2日目。
前日の充実した余韻を引きずったまま春風に吹かれながらご機嫌で歩いていると、私の目の前でバタンと突然に人が倒れました。
本当に突然で、一瞬何が起きたのか理解不能だったのですが、母と同じくらいの年齢の女性が、立ち止まるでもなく、うずくまるでもなく、いきなり倒れたのです。
そこは表通りから1本入った通りで、その女性以外に近くにいたのは私だけでした。
その女性の意識は朦朧としているようで、呼びかけてもハッキリとした返事は返ってきません。

急いで救急車を呼びました。
身体を動かすことがためらわれたため、一方通行のその道に車が通りかかるたびに、救急車が来るまでの数分間、交通整理めいたことをしながら、ひたすら女性に声をかけていました。

薄れゆく意識の中でその女性から携帯を渡されご家族へ連絡したところ、ご主人と思しき男性に救急車に同乗してほしいと懇願されました。

一緒に行ったら講座は間に合わない。
1時間以上の遅刻で受講資格がなくなる。

その講座を受講する際に、何度も念押しされた受講ルールが脳裏をよぎりました。
行くべきか、用があるからと断るべきか。

すぐに救急車はやってきて、私は一緒に乗り込みました。
再受講はお金さえ払えばまたできる。
救急隊に引き継いだとはいえ、そこまでのいきさつをご主人に説明できるのは私だけだし、慌てて病院へ駆けつけてくるご主人を迎えてあげられるのも私だけ。

判断の決め手は「どちらが私自身がご機嫌でいられるか」でした。
講座をキャンセルして見ず知らずの人に付き添ったと言えば、立派に聞こえるかもしれません。
しかし、依頼を断って講座に参加したとしても、ずっとその女性とご主人のことが気になって、中途半端な受講になってしまったと思います。
講座は次がある。付き添いには次がない。
どちらの選択が私にとってご機嫌な自分でいられるかははっきりとしていました。
だから迷わず同乗したのです。

ビジネスの場においても、人生においても、私たちは何かを選択しなければいけない場面に沢山出くわします。
判断に迷うこともしばしばあります。
しかし多くの場合、私は即断即決です。
その判断軸はどちらの方が、自分がご機嫌でいられるか、どちらが自分の心に正直か、です。

講座を受講できなかったことはとても残念ですが、心の充実を手に入れることができました。
それは何にも代えがたいご褒美だったと思っています。
今までもそうであったように、これからも、その先も、何かの選択に迫られた時には、「自分がご機嫌でいられるか」「自分に正直でいられる方」を迷わず選びたいと思っています。

あなたが何かの選択を迫れた時、その判断基準は何ですか?

2019年03月27日

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です