葉々起清風 (ようよう せいふうを おこす)

こちらは禅語としては有名です。(だそうです)

共に学んだ仲間が寺を去る時が来た。
これが一生の別れかもしれないと見送る時、門下の竹までが笹の葉をそよそよと揺らして清風を起こし、その門出を見送った。

これが本来の意味です。

しかし、私は全く異なる意味に解釈しました。

風が葉を揺らすのではなく、葉が清風を起こす。
「清風」がポイントです。

葉々は組織における一人ひとり。
清風は組織に必要な良い変化、イノベーション。
清風を起こすのは根っこや幹や枝ではなく、あくまでも葉がそよそよとそよぐことで清風を起こすことができる。
変化は、イノベーションは、上(幹や根っこ)が起こすのではなく、組織を構成する一人ひとりのメンバー(葉々)こそが起こすことができる。

私の茶道の師曰く、
「お茶の世界で『清風』は竹か松だけなのよ。雑木林に清風は吹かないの。」
だそうです。

これについても私は以下のように解釈しました。

しっかりとした節を持ちながら上へ上へと延びてゆく竹や、猛暑の中でも極寒の冬でも変わらずに翠の針葉を上へ向けて変わることなく佇む松は、さながら、どんな環境下において、良い時も悪い時にも目標や目的を見失うことなく、自分たちの目指すミッションをしっかりと見据えて淡々と歩んでいる人たち。
雑木林はダイバーシティ云々と捉えるのではなく、それぞれが好き勝手に動いている人たちと考えました。
どちらに清風が吹くかは明らかですね。
当然のことながら雑木林に清風が吹くはずはなく、竹や松が清風を起こすのだと理解できます。

繰り返しますが、清風が葉を揺らすのではなく、葉が清風を起こすのです。

あなたのチームは清風を起こせる松や竹のようでしょうか?

2019年05月04日

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