東京へ越してきてからの両親の最大の問題はお風呂でした。
実家のお風呂は脱衣所だけでなく、浴室そのものがとても広く、バスタブも大きくて、ゆっくりのんびり入浴を楽しむことができました。
しかし、東京のマンションではそういうわけにはいきません。
「お風呂が狭い」
「お風呂に入るのが大変だ」
両親の訴えに、「東京では普通だよ」と返すものの、何とかならないものかとケアマネージャーのMさんに相談したところ、入浴付きのデイサービスを紹介下さり、二人そろってそこに出かけて行ったのです。

しかし残念ながら、事前見学の時と実際とでは事情が異なり、二人が望むように「のんびり、ゆっくり」の入浴とはいかず、母曰く、「あれじゃあ、烏の行水以下だわ」と言うのです。
話を聞く限り、致し方ないのだろうと想像は尽きますが、お風呂だけが楽しみで出かけることにしたデイサービスなのに、お風呂に失望したとなると、両親にとっては出かける意味がなくなります。
あーだーこーだと朝から二人でブツブツと何やら言っていて・・・
「だったらもう、お風呂行くのやめる? 狭くてもお家でゆっくり入れる方がいい?」
東京事情に少しは慣れてよとほんの少しイラついてしまった私は、若干トゲのある言い方をしてしまいました。

「うん。もうやめる。」
二人そろっての返事に、それも致し方ないと、私はMさんにすぐに連絡をしました。

「連休明け早々、ネガティブなご連絡で本当にごめんなさい。折角ご紹介いただいた〇〇(施設名)のことなんですけど。」
両親が行きたくないという理由をやんわりオブラートに包みながらMさんにできるだけ丁寧に説明しました。
すると、Mさんの返事は・・・

「まあ!そうだったんですね。確かに施設側としては致し方ない面はあるのかもしれませんが、利用する側からしたらそれはイヤですよね。私が利用者だったら嫌だし、自分の親を通わせたいとも思わないです。教えてくださってどうもありがとうございます。」

こちらの気持ちに配慮してくださるMさんの言葉に、断って申し訳ないと思っていた私は救われた気がしました。
しかし驚いたのは、それに続くMさんの言葉です。

「ご希望はお風呂でしたよね。すぐには難しいかもしれませんが、銭湯の営業時間外に利用させていただく『個浴』ができれば、温泉気分で気持ちも晴れますよね。そういうのだったらいかがですか?」

「え?そんなサービスあるんですか?」

「いえ、区内の銭湯に交渉してみます。できるかどうかわかりませんが、ちょっとお時間いただいてよろしいですか?」

私は感激してしまいました。
おそらくケアマネージャーとしてのMさんの仕事の範疇を大きく超えた提案ではないでしょうか。
にも拘わらず、こちら側の希望を十二分に理解したうえで、既定の枠を飛び越えた本当にありがたい提案をしていただいたのです。
それが簡単でないだろうことは素人の私にだって相談はつきます。
それをやってみるとおっしゃってくださるのです。
仮にそれがダメだったとしても、いえ、そうなったならどんなにか素晴らしい事かと思いますが、もしそうでなくても、Mさんの申し出と両親のためにトライしてくださろうとしているそのお気持ちに、感謝と言うには余りあるほどの気持ちが溢れ出てきて、電話を耳に、思わず手を合わせてしまいました。

「そうですか、お気持ちはよくわかりました。お嫌ですよね。しかし、現状では今の状況も致し方ないんです。申し訳ありません。」
こんな風におっしゃる人の方がおそらく多いのではないでしょうか。
ケアマネージャーさんに限らず、「気持ちはわかるけど、事情がね・・・」的な感覚だとそう答えるのも納得です。

しかし、Mさんはあくまでもこちらの気持ちに寄り添ってくださり、既存の現状では難しいけれども何とか良い方法はないものかと、心と頭を巡らせてくださっているのです。
彼女が何かの営業職だったら、きっと彼女のファンのお客様は一人じゃ二人じゃないんだろうな。
そんな風に思うのです。

断られた時こそ真価の見せ時。
ネガティブな状況こそ本領発揮の時。
まさにそれを見せてくれたMさんです。
結果がどうなろうとも、私のMさんに対する感謝が失われることは決してないでしょうし、彼女の言うことならきっと前向きに受け入れることができる、それくらいMさんに対して大きな信頼を寄せるきっかけとなった出来事でした。

良いと思っての提案を断られた時、あなたならどうしますか?
相手の要望を現状すんなりと叶えることが難しい場合、あなたならどんな対応をしますか?

2019年05月08日

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