「私は今年50歳で勤続30年ですが、役職も何もないただの平社員です。こんな私がこのまま会社に居続けていいのか、若い人たちに何もしてあげられることもなく、申し訳なくさえ思います。こんな私でもこのまま会社にいても良いのでしょうか?」

女性活躍をテーマにしたあるイベントで、とある参加者の方から出た質問です。
私は我が耳を疑いました。
この方を仮にAさんとしましょう。
Aさんは私が会場に入った時、自然と目が合った方なのですが、穏やかに微笑んで軽く会釈をしてくださったので印象に残っていました。
「控えめだけど真面目そうで、とても感じの良い方だな。」
これが私の印象でした。
そのAさんが、「私は会社にいてもいいのか?」と悩んでいるというのです。
Aさんが勤める会社がどんなところなのか、そこのどんなチームでどんな仕事をしているのか全く知りませんが、私はなんだかとても腹立たしくなってきました。

転職が当たり前の昨今、30年間同じ会社で勤務し続けるというのは、それだけでもう、素晴らしい事だと思います。
「い~やだ! やめちゃおう♪ 他にもっといいとこあるだろうし。」
こんな風に気楽に転職してしまうのではなく、イヤなことや辛いこと、大変なこともきっとあったに違いないのに、それでも30年の長きにわたって同じ会社で働き続けることができる、その努力や忍耐力や勤勉さは誇りに思ってこそ当然で、全く恥ずるものではありません。

「タイトルないし・・・。難しい仕事をしているわけでもないし、特別なスキルがあるわけでもない。ただの事務なんです。」

ただの事務のどこが悪いのでしょう?
事務職はその職場における役割です。
そこに良い悪いはありません。
必要な役割だから存在するわけです。
堂々としていて良いのです。
同様に、役職もただの役割にすぎません。
一定数以上の人が集合体となった時、まとめる人や責任の所在等をはっきりさせるために役職という役割がある。
ただそれだけです。
一般職の事務だから人として劣っているわけではないですし、役職者だから人間的に優れているわけでもない。
どちらも同じ。その企業でそれぞれの役割を果たしているにすぎません。
だから堂々としていれば良いのです。

特別のスキルや人に誇れる実績がない・・・。
そういうものがある人はもちろん、それはそれで素晴らしいですが、みんながみんな、そういったものを持っているわけではありません。
そんなものがなくとも、「人としての素晴らしさ」が必ずあるはずです。
例えば、私がお見受けしたAさんは「努力家」「謙虚」「優しさ」「思いやり」「慎ましさ」などの長所が見て取れました。
素晴らしいではないですか!
そういったAさんのお人柄、長所がチームの、若い後輩たちに、イライラしがちな管理職たちに、どれだけ縁の下の力持ちとして、チームの雰囲気づくりの立役者として貢献しているか、容易に想像がつきます。
だから、是非、堂々と仕事を続けていただきたい。
そう思います。

女性活躍推進とか女性管理職比率が云々とか・・・
実は、私はそういう表現が好きではありません。
別に管理職でなくてもいいじゃないですか。
そもそも「女性活躍」って何ですか?
どういう状態が「活躍」なのですか?
実績を上げること?
男性と同等以上の目に見える成果を出すこと?
私に言わせていただければ、そんなものクソくらえ!です。(汚い言葉でごめんなさい)

昇進だけが全てではありません。
管理職になることだけが良いのではないのです。
それよりももっと大切なこと。
どれだけチームの、お客様の、関係先の役に立てているか?
どれだけ誰かの為になっているか?
仕事を楽しめているか?
仕事をしていることで輝けているか?
イキイキ、ワクワクしていると感じられるか?
そういったことが大切なのではないでしょうか?
それが仕事をする意味。働くということ。
仕事を通して幸せになるということではないでしょうか。

Aさんと同じような考えの人がもしかしたら世の中にはたくさんいらっしゃるのかもしれません。
そう思ったら、私はもっともっと声を大にして、仕事の意味を、働くということについて語り続けなければと意を決したのでした。

追記:過去にはこんなブログも書いています。(https://infinitepossibility.co.jp/archives/3648/)
Aさんにぜひとも読んでいただきたいものです。

2019年06月29日

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