「情けは人の為ならず」とはよく知られたことわざですが、
これと同様に
「祈り・赦しは人の為ならず」
としみじみ感じる今日この頃です。

台風15号で甚大な被害を受けた千葉県。
友人・知人も多く、彼・彼女たちの日々の頑張りに今、私ができることはただ祈ることだけです。
どうか良き方向へことが運びますように。
どうか彼らが守られていますように。

昨日は、共に学ぶ仲間達と、被災した仲間を思って全員で祈り、その動画を彼に送りました。
その動画を見た彼は、「涙が出た。一人じゃないと思った。勇気をもらった。」とメッセージをくれたのですが、送られた動画を見て、もちろん私もその中で祈っている一人なのですが、胸が熱くなり、心の奥底から温かいものが込み上げてきて涙が自然と溢れ出てきました。
仲間のために祈っているけど、実は、祈っている当の本人も癒されているし勇気づけられているのだと実感しました。

え~、あんなにひどい事されたのに、絶対に許さない!
あんな暴言を吐くだなんて怒り心頭だ!
日々、色々なことがあり、怒りや悲しみで誰かを責めたり憎んだりすることもあります。
その間は心はざわつき、決してハッピーとは言えない精神状態です。
しかし、そんな事柄も水に流そう、赦そうと思い、それができた時、誰かの罪そのものや誰か自身を赦すのであっても、そうしたことにより、一番救われるのは自分自身のようです。
水に流したり赦すことによって、怒りや悲しみに囚われていたその不愉快な感情から解放され、不思議なほどに心が穏やかになるのですから。

相手のために祈ることも、相手を赦したりその人の罪を水に流したり。
それが自然にできる人は、ただ寛大な人、人間ができている人、ということではなく、実は、それらは全て、「相手のため」ではなく「自分のため」なのだと知っている人なのかもしれません。

祈り・赦しは人の為にならず

あなたは今、祈りを送りたい誰かがいますか
あなたの心の根っこに引っかかっているネガティブな事柄を水に流して、赦してみませんか。

2019年09月15日

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