「どういう言葉をどんなふうに使っているかが、人となりを定義する」
と言ったのは、ハーバード大学のロバート・キーガン教授です。

「なるほど!」と納得すると同時にドキリともします。
「そんなつもりで言ったんじゃないのにぃ。」と残念がってみても言われた相手が怒っていたり落ち込んでいたりする場合、おそらくこの原理が働いているのでしょう。

「本当にもう、お前は使えないんだから。」
上段で軽く言ったつもりでも、「使えない」と言う表現を用いた時点で潜在意識下では相手を「モノ」とみなしていると思われても致し方ないですし、言った本人が気づいていないだけでそれは事実なのでしょう。

「何回言ってもできないよな。」
相手に発破をかけるつもりで言ったといくら弁明してみても、相手に対してできないレッテルを貼っていることがこの言葉からは伺えます。

今朝、いつもの散歩コースにある小学校の通学路で、年配の男性教諭が2-3年生位の男の子に強い口調で注意をしていました。
「書いてなくても考えたらわかるでしょ!前にも言ったよね。ちょっとは頭使ったらどうなんだ?!」
猛然と反論していた男の子でしたが、この教諭の言い様を目の当たりにして、
「この先生、この子にダメレッテル貼ってるんだわ」
と私は思ったし、男の子は貼られたレッテルのことをよく分かっていて、この男性教諭にわざと反発している様子が伺い見れました。

こう考えてみると、言葉を発する時にはよくよく気をつけなければ、不用意に発した言葉に自分の心の中どころか、自分でも気づいていない潜在意識が透けて見え、相手を不愉快にしたり落ち込ませたり、自分が全くのメッキ人間であることが分かってしまったりと、なんとも残念な状態になってしまいます。
いえ大切なのは発する言葉を気をつけることではなく、そもそもの自分自身の心のあり方を磨くことなのでしょう。
そして、もし誰かに言葉遣いを注意されたり相手がほんの少しでも不愉快だったり不機嫌だったりする表情になっていることに気づいたら、相手を怪訝に思うのではなく、自分が吐いた言葉以上に自分の心の中をしっかりと振り返り、「あり方」を見直してみることが必要なのだと思います。

「ないって言っても、誰もそこを触ってないし盗ったりしないんだから、どこかへしまったこと忘れちゃったんじゃないの?」
テーブルに置いてあった頓服薬がないと朝から騒ぐ母に私がこんな風に言ったところ、母は憤懣やるかたないといった様子で私にこう言い返しました。
「どうしても私を犯人にしたいのね!『裸になるから全部調べろ!」と言う無実の罪を着せられた人の気持ちがよく分かるわ!!!」
なんでここまで大げさに言うのかと私はこの時、少しばかりうんざりしたのですが、「盗ったりしない」と不用意に使ったことが母をこんな気持ちにさせ、振返るとそこには「母が少しボケていてどうせどこかに紛れ込んでいるにきまっている」と、母の「困った」に全く寄り添っていない私の心が映り込んでいたのだと後になって反省しました。

使う言葉で「人」がわかる。
どんな言葉をどんな風に使うか。
小手先のテクニックでごまかすのではなく、しっかりと自分の心を整えることから始めなければいけません。

あなたは自分が発した言葉で失敗したことはありますか?
その原因は、どんな言葉をどんな風に使ったことが要因だと考えますか?

2019年10月18日

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です