0.05+0.05=0.10

学校ではこのように教えていないからと、これに×をつけた先生がいることがネット上で騒がれていましたが、先日の民放テレビではこれをベースに林修先生が色々なお話をしていました。

大切なのは学校で教えたかどうかではなく、理論的に正解かどうか。理論的に正解なのであれば、〇をつけた上で、0.1と書いた方がいいかもね、と付け加えてあげる。

納得のいかない×は心に突き刺さり跡が残る。僕はそういういう経験を山ほどしてきたからそういう人の気持ちがわかる。本人が納得のいく合理的説明ができない理論上は明らかに間違いでないのであれば×をつけるべきでないと僕は思う。

 

テレビに向かって林先生に拍手喝采を送りました。

学校教育だけに限ったことではありません。私は社会人になってからですが、納得のいかない×を多く経験しました。

女だから。生意気だから。〇〇さんから良くない噂を聞いたから。

詳しい話や納得のいく説明が何もないままにいきなり×をつけられ、心に突き刺さったトゲを抜くのに多くの時間を費やしました。

マネージャーはマネジメントの立場にある以上、「評価」は重大なミッションとして組織から与えられれています。その際、上司の自分に対する評価をメンバーが納得しているのか、納得していないのか、それはその瞬間のみでなく、その直後においても大きな影響を与えるのです。

 

ちなみに林先生の面白いエピソードが披露されていました。

次の作品の作者は誰か?という問題を出した時、「吾輩は猫である」「羅生門」などと並んで「春」と出した。

するとある生徒が、夏目漱石、芥川龍之介、などと書いた後、ビバルディと回答していた。

林先生の期待する春の回答は島崎藤村。しかし、音楽作品としてビバルディは春という作品を作曲しており、理論的に間違いではない。しかも、問いでは「次の作品」としか言っておらず、「次の文学作品」とは問うていない。ここで大部分の普通の人は、「現代国語の問題で音楽家の名前書くのはおかしいだろう」ときっと言うのでしょう。しかし林先生はこの生徒には×を付けずに正解としたそうです。そして暫くの後、もう一度同じ問題を出したそうです。他の作品は変えて、「春」だけはそのままにして。但し、出題文には「次の文学作品の作者は誰か?」としたそうです。すると、くだんの学生はしっかりと島崎藤村と回答したとか。普段は何も言わない生徒が、その日だけは帰る時、「先生、さようなら」とわざわざ挨拶をして帰ったとか。

「あの二回目の問題はあいつのために出したんだ。」と林先生は笑っていましたが、それこそが先生のお人柄であり、超人気講師たる所以なのかもしれないと思いました。

 

私たちマネージャーは組織から預かった大切なメンバーの成長を支える大きな役割りを担っています。

自分で気が付かずにメンバーの心にトゲを刺してしまわないよう、常日頃からの自分の言動には十分に気をつけるとともに、メンバーが納得のいく関わり方を心掛けなければなりません。

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です