あるビジネス誌に「若者よりも幹部をはじめとする50代以降の危機感の欠如に大企業トップが嘆き&激怒」という記事が掲載されていました。

危機感が「ある」「ない」は何も50代に限ったことではないと思うのですが、その大企業では「そこそこ」の仕事しかしていなくても年収は1200万を下ることはなく、また社会的ステータスも保たれているため、在籍期間中を無難に過ごしたいというぶら下がり属が定年前の50代にとても多く、いよいよこれではさすがの大企業であっても人事制度そのものにメスを入れなければ生き残ることができないというものでした。

その日の夜、偶然にも件の大企業のグループ会社大幹部で、まさに50代真っ只中の知人のSNSにこんなコメントのやり取りを見つけました。
それは、ある中堅企業のリクルーティングページをご覧になってのものでした。
「真剣にこの会社で働いてみたいと思う」
「自分の仕事に誇りを持ちたい」
「自分でやっている感が欲しい」
「存在感を確かめたい」

彼のコメントには同年代と思われる人から多くのアグリーが寄せられていました。
私はこれを見た時、「これなんだよね」と膝を打った思いがしました。

ぶら下がり属になっているのは「結果」だと思うのです。
確かに押しも押されもしない大企業に就職し、24時間働くジャパニーズビジネスマン時代を過ごし、世の中が変化しているから我が社も君たちも変われと言われたところで、もうあと少しで定年だし、何だか今更面倒くさいし、とにかく残りを無事に面倒なく終えたいんだよね、と思っている人は多いのかもしれません。
けれどもそういう人たちだって、最初からそうだったわけではなく、「従順に言われるままに働く」ことを良しとされてそれにすっかり染まってしまい、「今は変わる時なんだ!危機感ないぞ!」といきなり言われたところで、「車は急には止まらない」よろしく、急には変われない、と思うのも無理がないことかもしれません。

しかし、本音のところでは誰だって「ただやらされているこなし仕事」よりも「誇りを持てる仕事」の方がいいに決まってるし、「単なる歯車の一つ」で「自分じゃなくて誰でもいい」と思いながら働くよりも、「自分がやっているんだ!」と確かな実感を持ちながら必要とされている「自分自身の存在感」を感じることができる働き甲斐を持てる仕事の方がいいに決まっています。

「それって、自分で培うものじゃないですか?」「甘えてるんだよ」
と厳しい言葉が聞こえてきそうですが、世の多くの50代、いえ、多くのビジネスマンはSNSに呟いた彼同様、自分の「仕事への誇り」や「存在感」を感じたいと本音では思っているに違いなく、単純に「危機感がないんだよ!」と表面的にお尻を叩き人事制度でムチを入れるよりも、「自分の仕事」「自分の会社」という自分の価値を確かに感じられる職場を創っていくことが、結果的には永続的に企業にもそこで働く人たちにも良い結果を生むのではないでしょうか。
そしてそのような企業風土を創っていくのは、まさしくトップの仕事に他ありません。

「そんな悠長なことを言っている時間はないんです!」
経営陣からはそんな声が聞こえてくるかもしれません。
しかしそれらも含めて、今の状態を招いたのは誰の責任でもなく、経営陣の責任です。
働く人たちにも心があり、感情があり、一人一人に人生があり、そこにはストーリーがあり、誰もが自分の存在を確かに感じることができ、そこが自分の居場所だと、いていいところだと、必要とされているところだと確信でき、自分が役に立てていると感じることができる、そんな職場であったなら、危機感云々ではなく、単純に人は良い方向にしか向かわないし、そう言う人たちの集合体である組織も、良い方向に確かに向かうのだと思います。

確かに甘えている50代、いえ、甘えている人たちはたくさんいるかもしれません。
しかし、それを人事制度という短絡的なやり方で対処するのは違うと私は思います。
かつて「リストラするなら経営者は腹を切れ」と言った経営者がいらっしゃいましたが、そんな状況に陥る前に、企業トップは本気で組織風土を考えなければいけません。
「朱に交われば赤くなる」よろしく、言われたことだけを行う従順社員を望んだ結果がぶら下がり属の蔓延なのです。
人が組織を作りますが、組織風土が人を作りもするのです。

新・50代問題云々と犯人捜し宜しく誰かを否定するのではなく、自社の風土を今こそしっかりと見直し改善していくことが、トップに求められる行動なのだと思います。

2019年10月31日

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