問題になっていた大学入試に関わる英語民間試験導入が白紙になり、そのことに憤慨している女子高生のインタビューがニュースで伝えられていました。
「これまで必死で対策してきたのに全て無駄になった。時間を返してほしい。」
今年の受験生は被害者だと、追い打ちをかけるようにアナウンサーがコメントしていました。

一連のゴタゴタについてここで述べる気は全くありません。
私が「なんだかなぁ」と思ったのは、「全て無駄になった!」と言うコメントをそのまま伝える報道のあり方に、今の日本のダメな部分を見た思いがしたからです。

受験対策のための勉強だったから無駄になったと感じたのでしょうが、本来はそうじゃないですよね。
自分が選んだ民間試験で良い点を取ることがゴールじゃないし、志望校に合格することがゴールでもありません。
「なんのために?」「なんの目的で?」
日本は教育機関も、職場でも、手段や目標を目的化してしまい、また結果重視で本来の目的を見失う、いえ、目的がわからないまま突っ走って暴走したり、失望したり、それが当たり前になってしまっています。
「全て無駄になった!」とカメラに向かって怒りをぶつけている女子高生に対して、「そうだよね、君たちは被害者だ!」と煽るのではなく、一時的な落胆や驚きはあるにせよ、本来の目的は大学合格後のもっと先にあることを思い出してもらう、そんな示唆を与えることができる大人でありたいものです。

すべての行動には必ず目的があり、そのために目標や手段が存在するわけで、さらに結果もあるわけですが、結果がばかリに囚われて目的を忘れてしまったり、目標や手段がいつの間にか目的になっていたり、世の中にはそういうことがとても多いように思います。

「何のためにやっているの?」
「目的はなに?」

順調な時ほど、結果が良い時ほど、きちんと目的に沿っているかを、
結果が出ずに道を見失っている時も、目的は何だったかを、
どんな時にもそこさえ見失うことなくきちんと見据え、必ずたどり着くんだという覚悟を持っていさえすれば、自ずと道は開けるというものです。

あなたが今、している「その行動」の目的は何ですか?
あなたの仕事の目的は何ですか?

2019年11月03日

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