「あんな上司じゃやってられない!」
そう思って退職届を書いたことが過去に2回あります。
1回目は「仕事はできる(というか、結果は出ているけどそのやり方は乱暴そのもの)けど、人として絶対に尊敬できない!」と思っていた上司で、しかし、信頼する先輩や仲間のおかげで思いとどまりました。(と言うよりも、上司の転勤を待ったという方が正しいです。)
2回目は「人柄はとても良いのだけど、ビジネスとしてどうなのよ~」という上司への思いが私の中で噴出して止まらなくなり、転勤・異動が望めず「ずぅぅぅっと上司」を避けられない環境だったため、「もう無理、限界!」と思い、実際に退職をしました。

当時の私はその時々で一生懸命だったし、自分なりに真剣に考えたし、出した結論に後悔はしていません。
しかし今、振返ってみると、あの頃の私は思いっきり「他人軸」で生きていたんだと、苦笑いせずにはいられません。

だってそうじゃないですか。
「上司がイヤだから」という理由なんですよ。
お客さんがイヤだから、職場環境がイヤだから、なども結局は同様ですが、「〇〇がイヤだから」と自分以外の外部がイヤだから、気に入らないから、私はその場を去るんです~ というのは、至極もっともらしく聞こえて、実は最高に他責状態に陥っているに他ないのです。
「そんなんだったらどこ行っても不満だらけで、120%満足できるトコロなんて、どこにも存在しないよ!」と今の私は昔の私にキツーク言うでしょうが、昔の私はきっと聞く耳を持たないでしょう。
だって、他責の塊ちゃんですから、何を言っても自分は悪くなくって他人や周囲が悪くって、自分は可哀想な被害者に他ならないのですから。

では、そういう他責ちゃんは救いようがないのかと言うと、そんなことはありません。
実際、私はたくましく(人より時間はかかりましたが)再生しています。
じゃあ、どうすれば良いのでしょう。
喝を入れる。優しく諭す。いろいろあるでしょうが、絶対に外せないのは
「あなたの人生のハンドルは自分で握って自分でコントロールしよう!」
ということを腹落ちしてもらうことです。
(私の場合は、「お前は他責の塊で救いようがない!」みたいなキツーイ言葉を浴びせられました。しかも部下から・・・)

他人が悪い、環境が悪いと言っているのは、相手にコントロールされてしまっている、他人軸で生きているということです。
そうではなく、相手が悪かろうと環境が悪かろうと、自分でハンドルを握り自分軸で生きるのです。
舗装されていないデコボコ道を走る時も、嵐の中を進む時も、スッキリ快晴気持ちの良い青空の下を走る時も、どんな時にも自分で自分のハンドルをしっかりと握って進むのです。
そうできるようになった時、自然と他責ちゃんから脱出できて、「上司がダメだから仕事なんかやってられない~」とボヤいていた昔の自分を懐かしくも恥ずかしく思えるようになるのでしょう。

上司が理由で退職するというのも自分で選んだ道ならOKです。
ただし、イヤだから辞めるという単純な理由と、色々と関わってわってみたけど自分のエネルギーは別のところで前向きに使うことを選択した結果の退職とでは、結果は同じでも中身は天と地ほども違います。

そんなの綺麗ごとだよ。
大変なんだよ、あの上司の下では地獄の毎日なんだから。

そんなメンバーさんの嘆きが聞こえてきます。
そうですよね、大変ですよね。辛いよね、苦しいよね。
で、あなたはどうするの?
救世主がある日現れて救ってくれるのを待つの?
それとも「今自分は何ができるか」を考えて行動を起こすの?
それが他責・依存か自律かの違いです。

上司がダメだからやってられない。
お客様がいい加減だからやってられない。
業界がルーズだからやってられない。
後輩がミスばかりするからやってられない。

そうだよね。大変だよね。しんどいよね。
しかし、自分の人生のハンドルを切るのはあなたしかいません。
迷走したり、暴走したり、逆走したりすることもあるかもしれません。
一時停止も時には必要かもしれませんね。
けれども決して忘れていけないのは、ハンドルを他人に預けたり、放棄してしまうのでなく、あなたの人生のハンドルはしっかりと自分で握って自分でコントロールしなければ、あなたがハッピーになることは決してないということです。

他責の塊子ちゃんだった私(あくまでも過去形)から、自戒を込めての本日のブログでした。

2019年11月08日

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