「分かっているつもりなのにできないんだよ・・・・」
苦笑いしながら自らを振り返るS部長は、目下、自らの「クセ」を直そうと頑張って取り組んでいらっしゃいます。
そのクセとは、ついついガツンと言ってしまうこと。
悪気は全くないし、単に発破をかけるつもりだったり、思いがありすぎて少しばかり熱くなってしまって強い口調になってしまったり、ということなのですが、その勢いのあるスピードボールを投げ込まれたメンバーたちは、受け取り切れずにケガをしてしまったり倒れてしまったり。つまりは好ましくない関係性に陥ってしまい、なんともチームの雰囲気がどんよりと曇り空、いえ、黒雲が立ち込めて今にも嵐、といった状態にまでなってしまったのでした。

「自分が悪かった」
「なるべくしてなってしまった。」
「もう、アレは言わない」

そう固く心に誓ったS部長ですが、だからと言ってその日から劇的に抜群のコミュニケーションが発揮できているかと言えばそんなに世の中甘くはなく、ついつい長年の悪い癖が顔を出してしまったり、気をつけて言ったつもりが全然だった、ということがまだまだあります。

「時計の針を巻き戻して、もう一度、その場面を迎えたとしたら、何と言いますか?」
私は度々こう質問します。
するとS部長は一生懸命に考えながら
「〇〇〇〇かなぁ」とか「×××××かなぁ」とかおっしゃり、私がそれをオウム返しに
「〇〇〇〇ですね?」とか「×××××ですね」と言うと、
「違う。それじゃあダメだね。△△△△かなぁ」と、
こんな風なやり取りを一つの事に対して数回するのです。

「だめだなぁ。分かってても、なかなかできないんだよな。分かってないってことなのかなぁ。」
落ち込み気味のS部長。
ホント、愛すべき素晴らしい部長です。

「分かっている」と「できる」とは全く別物です。
頭で理解しているからと言って、実際にできるとは限りません。
ラグビーの理論を完璧に理解していて、こうやったら相手のタックルをうまくかわせるとか、キックの精度が増すとか、理屈は完璧でも、実際にそれができるようになるには
それなりのトレーニング・実践が必要です。
それと全く同じ。
だから、分かっていてもできないことはごく当たり前の事であり、「分かっているけど自分はまだできるとは言い難い」ことを分かっていることが大切なのです。
そして、その努力の過程(なかなかできないジレンマや苦労等)は決して無駄にはならず、後々に続く人たちへの貴重なギフトになり得ます。

「分かったからってすぐにできるんだったら、それはスーパーマンで、そんな人、めったにいませんよ。私なんて、何年もかかって、それでも未だにダメダメですから。ハハハハ。」
私がそう言うと
「ほやね。生みの苦しみやね。」
とS部長。

苦労した分だけ、きっと大きな果実が実ると私は信じています。
何より「知っている」ことと「できる」ことは違うのだということを、腹落ちしているのは偉大なことだと私は思っています。

どんなに本を読んで知識を積み重ね、セミナー通いで多くを分かったつもりになっても、「できて」なんぼが現実です。
それを実践値から体感しているS部長。
分かっただけでできるつもりになっている頭でっかち状態よりはるかに素敵です。
「できる!」と笑顔が輝く日はきっとそんなに遠くない、と私は信じています。

2019年11月09日

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