あんな事をしでかしてしまった自分
とんでもない失敗をしてしまった自分

真面目であればあるほど、一生懸命であればあるほど、自分で自分をひどく責めてしまい、どんどんと自分を追い詰めてしまい、苦しんでいる人が大勢います。
かくいう私も、自分で自分を真面目とはちっとも思わないのですが、他人様から見ると「考え方がド・真面目」のようで、実際、自分を責めることにおいては天下一品だったように思います。(あくまでも過去形。昔の話です。)

ちなみに友人曰く、「真面目な人は自分を真面目だと自覚がない人が多く(私のように?)、けれども他人が客観的に見て『真面目!』とお墨付きを頂いたのであれば、素直にそれを受け入れて、真面目さんが陥るあれやこれやにきちんと向き合え」とのことです。

私の場合、自分をひどく責めていたのはブラックマネージャー時代のメンバーに対してとても申し訳なかったという思いで、ブラック真っ只中の時にはそんなことは思いもしないのですが、気づきを得てからはかなりの時を遡って自分を責めました。
その当該メンバーとは既に連絡がつかない場合もあったため謝りたくても謝りようもなく、ひどく悶々としていました。また、「あの時は本当に申し訳なかったと」とお詫び行脚で心から謝っても受け入れてもらえなかったこともあり、私自身のブラック度合いを振り返れば、赦してもらおうと思うこと自体が「ふざけんな!」といった感じですが、当時はまるで自分を犯罪者のように思い、一生、贖罪の気持ちを背負っていかなければならないのだと、例え赦してくれたとしても、こんな自分は自分が赦してはいけないと、どんどん自分を追い詰めたのでした。

しかし、ある時気がついたのです。
「申し訳なかった」という気持ちを持つことは、とても大切だし必要な事です。
しかし、自分をダメだダメだと責め続けることは間違っていると思いました。
「ダメな自分も自分であり、そんな自分も丸ごと受け入れよう。そんなダメな自分も自分は愛してあげよう。」
こう考えることができるようになると、いつの間にか自分で自分を赦せるようになり、気持ちが楽になり、行動が前向きになりました。
「変わりたくても変われない」ともがいていたのに、少しずつ自分でも自分の変化を感じることができるようになったのも、自分を赦せるようになった頃のように思います。

自分で自分を赦すとは難しい事ではなく、「ありのままの凸凹の自分を受け入れる」ということです。
泣き虫な私、見栄っ張りな私、格好つけたがりな私、本当は臆病な私・・・
格好悪い、不完全な自分もそれはそれで可愛いものだと、そんな自分を愛せるようになる。
そうなることで、自分を責める気持ちはいつの間にか消えていき、同じ過ちを繰り返さないようにと前向きな気持ちが湧いてきたのでした。

ただ責め続けたり、赦せない思いが強くては、前向きな未来に向けての前進は望めません。
それよりも、受け入れ、赦し、必要な思いはしっかりと胸に抱いて、前向きに進んでいく。
その事こそが本当に必要なことなのです。

もし、今、あなたが自分で自分を赦せないと自らを責めてしまっているとしたら、それでもあなたが本当は前に進みたいと思うなら、責めるのではなく赦しましょう。
そしてそれは・・・
自分に対してだけでなく、他人に対しても当てはまることなのかもしれません。

2019年11月30日

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