新年最初のご相談は、中学1年の男の子Aくんのママさんでした。
小学校中学年の頃に学内でいじめに遭い、いじめ発覚後はクラス編成などに学校の配慮もあったのですが、学区内の中学へ進学することを心配したご家族が越境入学を希望し、少しだけ離れたところの中学へ通っているとのことでした。
Aくんは身長こそママを追い抜き、変声期も迎え、男の子から立派な青年へ成長しつつあるのですが、中身はママから見ても、いえ、誰から見ても「坊や」そのままで、家庭事情も手伝って、とってもとっても甘えん坊のママっ子です。
そんなAくんを心配しているママさん。
13歳を過ぎてなお、未だ、毎朝起きてくると「ママ~」と抱きついて甘えてくる自分の息子を、「さすがにちょっと、問題なんじゃないか。大体、うちの子はちょっと幼すぎる。友達も少ないし。。。」と不安になってきたというのです。

私は子育ての経験はありません。
けれどもAくんのママさんにはハッキリと言いました。
「いいじゃないですか!誰に迷惑かけてるわけでもないですし。」
けれどもママさんの不安は募るばかり。

Aくんはとても気持ちの優しいお子さんです。
のんびりやさんで甘えん坊かもしれませんが、正義感が強くて家族思い、年下の子もよく面倒を見るし、お年寄りに対してもとても親切です。
13歳の男の子だったら〇〇が一般的、とか、△△が普通、とか、そういう世の中の常識? 一般論?にどうぞ惑わされないでほしいのです。
これだったら良い、これだったら悪い、 と善悪でジャッジしないでほしいのです。

人の特徴はそれぞれです。
強みもそれぞれ、気づきの深さも成長のスピードもそれぞれです。
一般論や善悪で測れるものでは決してなく、「それぞれ」で良いのです。

仮にAくんが20歳になっても、やはり「ママ~」と甘えて抱きついてきたとして、傍から見たらスゴイマザコンかもしれませんが、それだって誰に迷惑をかけているわけでもなし、ママが大好きなだけであって、それ以外の部分でしっかりと自立自律していれば何の問題もありません。
外国の人たちがハグやチークキッスで互いに挨拶をし合う、それと同じだと思えば良いのです。それはAくんにとっての単なる愛情表現、気持ちの表現方法に過ぎないのです。
それよりも、心優しく素直な青年に成長していることを喜ぶべきだと私は思います。

人は足りないコト、できないコトについつい目が行き、それを嘆いたり悲しんだりしてしまいがちです。
しかし、そんなことは不要です。
同様に、良い悪いの判断も、「強み・弱み」という点では全くの不要です。
だって強みと弱みは表裏一体、強みは弱みであり、弱みは強みでもあるからです。
それに一般的とか普通はとか、そんな標準化を求めるよりも、何か一つ秀でているものが、キラリと光るものがあるならば、それを延ばしてあげた方があるかにその人らしくイキイキといられると思います。

子育ても、メンバー育ても、もちろん自分にも、家族や友人、周囲の人たちにも、
どうぞ、自分の中の勝手な基準の良い悪いでジャッジすることなく、「その人のそのまんま」を受け止め、受け入れる、そんな大きな気持ちでいたいものです。

2020年01月07日

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