大学生2年の時、体育の授業でスキーを選択しました。合宿授業で1週間だけ出れば単位が取れること。スキーをやってみたかったこと。なんとも不純な動機ですが、すごい倍率を抽選で勝ち取ることができました。

合宿地は忘れもしない妙高高原。生まれて初めてのスキーに、授業であることも忘れウキウキでした。二十数名の学生のうち、半分近くが初心者。私もスキーの履き方さえも知らないド素人でしたので、初心者の仲間が沢山いることにホッと胸を撫でおろしました。

 

ところが!

一日経ち、二日経ち、初心者チーム数名の中でもその習熟度に差が出てきました。私はと言えば、体育会から派遣されたインストラクターが最も手を焼くできない子ちゃんの一人。どうしてもうまく止まることができず、転んでしまうか、人と衝突しまうか。本人は必至で両手足を動かしているのですが、頭で考えるようにうまくいかないのです。

それを見ていてインストラクターの人が呟いたのです。

「なんでできないのかな~」

インストラクターさんは全く悪気はなかったのですが、その一言に私は相当落ち込みました。

「物心ついた時にはスキーを履いていて、雪国育ちのMさんに滑れない人の気持なんかわからないんですよ。自分は滑るの上手かもしれないけど、教えるのは下っ手くそなんだから」

私は半べそかきながら、そう反論してしまいました。

 

結局、1週間の合宿で何とかボーゲンはできるようになり、単位も無事取ることができましたが、最後の最後までコーチは私に手を焼いていました。

その時以来、私は思うのです。

 

出来ない人の気持ちがわかる。弱い人の気持ちがわかる。

それって理屈じゃなくて、そういう経験をしたかしていないかの差は本当に大きいんだと。

 

そう言えば、かつて一緒に働いた仲間にこう公言してはばからない人がいました。

「自分はモチベーションが下がったことが一度もないから、モチベーション下がったとかいうヤツの気持ちがわからない。」

彼の下で一緒に仕事をしていたメンバーたちは大変だったかもしれません。

 

できないコトやわからないコト、苦しいコトや悲しいコト。それらの真っ最中にいる時は確かに大変です。しかしそれらの経験は必ずどこかで役に立つ。

少なくとも大切なメンバーを預かっているマネージャーであれば、「〇〇とか言っている意味がわからない」「なんでしないのか、なんでできないのかわからない」と簡単に片づけてしまうのではなく、自らの経験を振返ってみて、似たようなことがなかったか、相手の気持ちを慮ることも大切なのではないでしょうか。

 

 

 

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