この数日、何人かの人に言われた同じような意味合いの言葉を
自分の中でずっと反芻しています。

〇〇の時、尾藤さんにいろいろと話を聞いてもらって、本当に助かったことを思い出します。ありがとうございました。
話を聞いてもらえる人がいると思うだけで、とても心強いです。

尾藤さん、聞いてくれてありがとう。会社では、数百人の長。わが社でベスト3の規模のトップ。今の私の本当の姿は誰にも見せられない。
気持ちを理解してくれて一時間以上も話を聞いてくれて感謝です。心が救われました。


私はもともと人の話を聞くのが苦手です。
「結論から先に言ってよ。時間の無駄だから。」
と昔はメンバーに対して平然と言っていたものです。
(穴があったら入りたい・・・。今は懐かしいブラックの私。)

しかし、「話を聴く」「気持ちを聴く」「心に寄り添う」ことがいかに大切かを身をもって知り、
それ以降は、聴き下手だからこそ、必死で聴くように努めています。

自分の理屈とか、勝手な推論とか、相手へのジャッジなど、
そういった要らないものは全部脇へ放り投げて、
とにかく全身全霊で聴く。
共感はできなくても、相手の気持ち(感情)や状況を理解しようと努める。

こんな聴き下手な私でも、
「聞いてくれてありがとう」「助かりました」「救われました」
と言ってもらえることは、こちらのほうこそ感謝の気持ちでいっぱいです。

そもそも人は誰しも、「聴いてほしい」生き物だと思います。
嬉しければ嬉しい時ほど、
悲しければ悲しい時ほど、
楽しければ楽しい時ほど、
悔しければ悔しい時ほど、
その時々の気持ちを誰かと共有し、
喜びや楽しみを倍増させたり、
悲しみや苦しみを半減させたり、
そうやって心のコントロールを自分なりにうまく図っているのではないでしょうか。

うまい言葉も見つからず、適当なアドバイスができるわけでもありません。
(そもそも、アドバイスしようと思っていませんが)
それでも、「聴いてほしい」という人がいるのなら、
「いくらでも聴くよ」「いつでも聴くよ」
とこれまで以上に強く思うこの頃です。

「伝えること」も私のミッションであるならば
「聴くこと」も私のミッションなのだと思うこの頃です。

2020年05月14日

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