ミニ講演で話していた自分の録音を聞き返していた時の事です。

「ん?私、意外といいこと言ってるかも。」

ちょっぴり自画自賛。
少しばかり嬉しくなりました。

何に対してそう感じたかというと、
用意した原稿ではなく、
その場の雰囲気、空気感、出てきた質問や聞いている人たちの表情などから
感じたことを言葉に紡ぎ、
最終的に講演のテーマに自然と結びついている、
その展開に我ながら感心したのでした。

この時は、考えてそうしたのではなく、
本当に「自然と」そうなりました。
今振り返っても、どうしてそんなことができたのか、
普段なら、とっちらかった話題をもとの一点に戻すのに
多少なりとも苦労するのですが、
この時ばかりは違ったのです。


この展開の仕方に再現性を持たせるには何が必要なのか。
何度も何度も繰り返し聞き返すうちに、
一つの結論にたどり着きました。

考えずにしゃべっている

こう言うと、大きな誤解を得そうですが、
本当に考えずに、つまり、
展開を無理にこちらへ持っていこうとか、
あっちへ戻さないといけないとか、
そういう余計なことを考えずに、
敢えて自分のコントロールを手放して、
流れに任せて話しているのです。

そうすることで、私とオーディエンスの皆さんとが
互いの最終ゴールに自然と共にたどり着き、
無理にこじつけなくとも講演テーマに落ち着いているのです。

もっとシンプルに言えば、

私がコントロールを手放したから、
お客様がゴールに導いてくださった!

ということです。

講演もそう、研修もそう。
演者や講師が一人奮闘するものではなく、
その場にいる人たち全員で創り上げていくものです。
時々、その一番大切なコトを忘れてしまって、
講師が一人勝手に空回りしてしまったり、
演者がただ熱く喋りすぎて聴衆を置いてきぼりにしてしまったり。

そうではなく、皆で創り上げていくもの。
だから、演者や講師が勝手にコントロールすべきではないし、
会場に委ねるくらいのゆとりを持って臨むことが、
結果的に互いに満足のいく心地よいゴールにたどり着くのだと思います。

それは日常においても同じことが言えるかもしれません。

会議をリーダーはメンバーに対してコントロールしたくなるし、
目標設定を上司は部下に対してコントロールしたくなるかもしれません。

しかし、本当は、それらコントロールを手放した先に、
真の共創が生まれ、そこから新たな心弾む展開が始まるのかもしれません。

たまに自分の録音を振り返るのも良いものだわ。
話し方や滑舌の悪さはさて置き、思ってもみない収穫を得ることができて、
ちょっぴりご機嫌な私でした。

2020年05月26日

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