自分にカッコつけることなく、
「助けて」「困ってるの」「わからない」などを自然に言えるようになったことで
援助の手がやってくるようになった私ですが、
最初から「自然に言えた」わけではありません。

「どうして私は『助けて』と言えないんだろう・・・」
と考えると、どんどん自分を追い詰めてしまい、
暗闇から抜け出せなくなってしまいます。
そこで考えたのです。

「そもそも、『助けて』と言われなくても助けたくなる人、
応援したくなる人、手伝いたくなる人はどんな人だろう?」と。


つまり、SOSを出さなくても「助けたい!」「応援したい!」「手伝いたい!」
と思える人だったら、
「助けて」と言われた時には、ほぼ間違いなく助けてもらえるのでは、と
考えたのです。


夢や目標を笑顔で語っている。そこに一生懸命向かっている。
悲壮感漂うのではなく、イキイキ、キラキラ、輝いている。
大変だろうに、楽しそう。
偉ぶらない。
謙虚である。
素直である。
正直である。
シンプルに、その人の事が好き。


なんとなく取り組んでいる人よりも、一生懸命な人を応援したいし、
何をやっているか分からない人よりも、分かった人の方が応援しやすい。
こちらまで苦しくなりそうなネガティブオーラ全開の人よりも、
大変でも楽しそうにイキイキ取り組んでいる人の方を応援したい。
分かったふり、困ってないふりをしている人よりも、
分からない、これはどうしたらいいんだろう、
と素直に正直に相談してくれる人の方が応援しやすいし、
何よりも、嫌いな人の応援はしたくないけれども、
好感を持っている人のことは応援したくなる。

「助けて!」と言わなきゃいけない。
というのは、私にとっては結構なハードルの高さでしたが、
「応援してもらいやすい人になる」のは、イメージしやすいし、
私自身のテーマでもある「自分が好きな自分になる」と共通項が多かったので、
よりそこに向かいやすかったのでした。

考えてみれば、どんなに「助けて!」とSOSを発信したところで、
「助けたい!」と思わない相手には、誰も助けようとはしないでしょう。
であれば、「応援したいと思われる自分になる!」と心に決め、
そこに向かった方が人としての成長としても意味があると考えたのです。

応援してもらう。助けてもらう。
それは、決して相手に依存するということではありません。
いつもいつも誰かのサポートを期待するのではなく、
必要な時に必要な支援を受け、ゴールに向かうことは、
恥ずかしいことでもなければ、みっともないことでもなく、
それどころか目標への前向きな気持ちがあるからこその事であり
逆に素晴らしいことだと私は考えます。(今は、ですけどね。)


「なんかね、応援したくなっちゃうんだよね。」
と、最近立て続けに2人の方からサポートの申し出を頂きました。
以前なら、「私、頼りなく見えるのかしら・・・」と思ったかもしれません。
でも今は、ありがたく感謝の気持ちでいっぱいになるのと同時に、
自分に対してちっちゃなガッツポーズを出したくもなります。
「応援したいと思える人に、少し近づいたのかな?」
それはイコール、私が好きな私になることだり、等身大で生きるコトです。

「ありのまま」って、本当に素敵なことなんだな。
心からそう思える日々が送れている今が、とても幸せです。


2020年08月01日

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