再び林修先生のお話です。以前テレビで先生は「学校の授業を終点と捉えるか、出発点と捉えるかで教師の対応が変わってくる」とおっしゃっていました。

終点と捉える場合には、「正解」を求める。試験で良い成績を取る。受験に合格する。これらを目的とし、目の前の問題が解けることを大切にします。

一方、林先生は予備校の教師で受験生を志望校に合格させるという明確なミッションがありながらも、スタンスはあくまでも授業は出発点として捉えているということでした。

なぜなら生徒たちは、これから50年以上もの長い人生を歩いていく中では様々な問題に出くわし、そのたびに自分の頭で考えて道を切り拓いていかなければいけない。そのためには「考える力」が必要である。だから授業を通じて考える力を養い、これからの人生を生き抜く力を磨いてくれればそれが何よりなんだと。

 

林先生の教育者としてのスタンスには感服するばかりです。

そして改めてインフィニティの研修やワークショップは受講者の皆さんにとって、終点なのか出発点なのかを考えました。

もちろん出発点を目指しています。

研修やワークショップで人生が変わるほどのすごく大きな気づきを得た。行動が目に見えて大きく変わった。

正直、こんなことはあまりないと思います。(敢えて、絶対にないとは言いませんが・・・)

私たちにできることは、研修やワークショップを通じて、受講者の皆さん一人一人の心の中に種火を灯すことができるだけ。そして、その火を消さずに大きく燃え上がるよう、その後のフォローをしっかりとさせていただくことです。もちろん種火を灯す、それさえできないこともあるでしょう。

しかし、その瞬間には種火が灯らず変化の兆しを作ることができなかったとしても、「こんなことやったな。」「講師があんなこと言ってたな」と記憶の片隅に微かにでも残ることができたなら、それで良いのだと思っています。そのほんの微かに残った記憶がいつか必要な時に呼び起され、「そう言えば、あの時こんなこと言ってたけど、今、もう一度考えてみよう」となれば、それで良いからです。

いくら綺麗な水と栄養を植物に与えたとしても、必要がなければ流れ出てしまうだけ。それでも植木鉢の受け皿に流れ出た水や栄養分が溜まっていれば、必要になった時にその水は吸収されていくのです。ですから水や栄養が受け皿に留まることができるように受け皿を用意する、そのための取組みもしっかりと行わなければと思っています。

 

ちなみに、会社員時代の必須研修で、私の人生に最も大きな影響与えたものは、受講直後は「義務で受けました」感でいっぱいでした。頭で理屈は理解していても、正直言って消化不良。違和感をとても感じた内容でした。しかしその後、その研修がやがてじわじわと私の中に浸透し、大きな意識の変化と行動変化につながるようになったのは、受講してから4年も経ってからのことなのです。

その研修は、まさに私の変化への出発点となったのでした。

 

インフィニティでも受講者一人一人の皆さんの出発点となるようなプログラムを精一杯お届けし、その後、皆さんが人としての成長を遂げていくきっかけ作りができるような取組みを行ってまいります。

 

 

 

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