「可能性なんか、ゼロだ」と言い切った男
58歳、技術系部門の部長。
社内では“親方”と呼ばれ、部下からは恐れられていた。
「背中見て学べ」「グダグダ言うな」が口癖。
その言葉に耐えかねた若手社員たちは、部長が話すだけで「パワハラだ」と距離を置いた。
部長もまた、「今どきの若いのは、めんどくさい」と、最初から壁を作っていた。
そんな彼が、“相談の列ができる人”へと変わった。
きっかけは、ある1つの研修だった――
親方部長が“聴かない理由”
その企業で実施した部長研修は、知識やスキルよりも
「どうしたら部下が“動きたくなる”か」を問い直すプログラムだった。
EQ(感情知性)の自己診断から始まり、グループセッションでは
部下への不満や経営の圧力に対する本音が飛び交った。
その中で、親方部長は私の言葉に反応した。
「メンバーの“可能性”に着目しましょう」
と伝えると、彼はピシャリと言った。
「可能性なんかない。ゼロだ」
「傾聴できない」は、可能性だ。
親方部長は、“傾聴”がとにかく苦手だった。
グループセッション中も、他の部長から冗談交じりにこう突っ込まれた。
「親方、喋るな。聴く時間だよ」
「はいはい、黙りますよ…俺に聴く才能なんてねぇからな」
そこで私は言った。
「それ、可能性ですよ」
できないこと、苦手なこと、全部“伸びしろ”。
すると次のセッションで、彼はポツリとつぶやいた。
「少し聴けたぞ」
談話室に、列ができるまで
もともと面倒見が悪い人じゃなかった。
“親方”だからこそ、言い方さえ変われば、人は寄ってくる。
「最近、あの部長、なんか聴いてくれるようになったらしい」
「え?あの人が?」
「裏あるんじゃない?」
最初はみんな警戒していた。
でも少しずつ、少しずつ――
談話室に、若手が立ち寄るようになった。
仕事の話、キャリアの話、プライベートの相談まで。
かつての“しかめっ面の親方”が、いつの間にか、にこにこと話を聞いていた。
定年の日に、涙がこぼれた理由
80人の受講者の中で、最も変化したのが彼だった。
「あの人が変わったのを見て、自分も変われる気がした」
そう話したのは、別の部長だった。
定年退職の日、若手社員たちが名残惜しそうに彼を見送った。
かつては「怖い」「近寄れない」と言っていた人たちが。
私はその話を後から聞いて、胸が熱くなった。
思わず、心の中でこうつぶやいた。
「すべての人には無限の可能性がある」
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