気になったのは「でーす」「まーす」の語尾
昨日、バスに乗っていたときのことです。
若い女性の運転手さんが、マイクを使って丁寧にアナウンスをしていました。
「完全に止まるまでお座席にお座りくださーい」
「携帯電話の使用はご遠慮くださーい」など、
本来なら録音テープで流れるような案内も、すべてご自身の声で伝えていました。
その姿勢は素晴らしいなと感じた一方で、どうにも気になってしまったのが、
語尾の「でーす」「まーす」「くださーい」と、すべてを伸ばす話し方です。
「ちゃんと喋れないの?」「何だか幼くて頼りないな…」と、正直モヤモヤしてしまいました。
勝手に活動中、「正しい日本語推進委員会」
私はずいぶん前から、
ひそかに「正しい日本語推進委員会(会員1名)」を立ち上げて活動(?)しています。
もちろん、プライベートではどんな言葉を使おうと自由です。
でも、仕事の場面においては、言葉遣いは“信頼”と“品格”をつくる道具だと私は思っています。
言葉遣いは、服装と同じ「見えない制服」
言葉は、服装と同じ。
丁寧な言葉を使うことは、相手への敬意を示すと同時に、自分自身を整えることでもあります。
それなのに、「お客様の前ではちゃんとするけど、社内では適当」という人は案外多いのも事実です。
でも、“社内での言葉遣いこそが、その人の本質”なんですよね。
ふだん部下に対して、命令口調・無愛想・乱暴な言い回しをしている人が、
お客様の前だけ丁寧にふるまおうとしても、それはどこかでにじみ出ます。
砕けた言葉=乱れた言葉、じゃない
ここで誤解されたくないのは、
「かしこまった言葉を使わなきゃいけない」と言いたいわけじゃないということです。
たとえば、私はメンバーや同年代の仲良しのお客様との会話では
「だよね〜」「そうそう〜」と気軽に話しています。
この言葉遣いが乱れているとは思いません。
むしろ、相手との距離感や関係性に合わせて言葉を選べるのは、すごく大事なセンスだと思っています。
砕けた言葉には親しみがあるけど、
語尾をのばしてフワッとさせてしまう話し方や、曖昧で責任のない言い回しは、
自分の軸や立場が曖昧になっていることの表れでもあります。
「くだけた表現」と「乱れた言葉」は、似て非なるもの。
そこを、ちゃんと分けて理解する必要があります。
「放っておけない」からこそ、私は言いたい
言葉遣いは癖であり、習慣であり、姿勢です。
「言葉が乱れている=心が雑になっている」というのは、あながち間違いではありません。
そして私は思うのです。
言葉の丁寧さは、仕事の丁寧さに直結する。
お客様に信頼されたいなら、まずは身近な人に対して、丁寧に接しているか?
そこにこそ、仕事の“品格”が表れるのだと思います。
「見えない制服」を整えよう
服装を整えるように、言葉も整える。
それは、「ちゃんとして見られたい」ためじゃなく、
自分の仕事に責任を持つ人としての態度の表れに他ありません。
今日も私は、心の中で小さくつぶやいています。
「ただいま巡回中──正しい日本語推進委員会より。」
これは“品格シリーズ”のはじまりです。
言葉だけじゃなく、時間・表情・服装にも品格はあると思いませんか?
明日は”時間の品格”について書いてみようと思います。
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