「なんか、これ、ちょっとうっとうしいかも・・・」
先日、ビジネスパートナー宛てに自分が書いたメールの文章を読み返していて、そんな風に感じました。
内容は、とても真面目で丁寧なものです。
失礼がないように。
関係性を大切に。
協働姿勢も伝わるように。
そんな思いで時間をかけて書きました。
しかし、読み返した時、「これをもらったら、私ならちょっと『重い』と感じるかも」と思ったのです。
文章のどこに、その『重さ』が潜んでいるのか、俯瞰して考えてみました。
「ちゃんと伝えなきゃ」
「感じよくしなきゃ」
「理念も言葉にしなきゃ」
そんな私の潜在意識にある強すぎる思いが、「文字化」された時、少し『熱量過多』な印象に変わったのかもしれません。
「理念やビジョンを語ること」を伝えている
私は、経営者や管理職の方に、
- 理念を語りましょう
- ビジョンを共有しましょう
- 丁寧に説明しましょう
- 理解確認をしましょう
と普段からお伝えしています。
だから今回も、無意識に、「良いリーダーらしい文章」を書こうとしていたのだと思います。
しかし、理念やビジョンを「語るべきかどうか」は、場面や関係性によって変わります
これは、理念が不要という意味ではありません。
理念やビジョンが既に浸透している関係性の中では、毎回明確な言葉にしなくても、日常の言動の端々に想いが載っていることはすでに共有されており、改めて語ることは、かえって「しつこさ」に変わってしまうかもしれません。
また、相手が、その理念やビジョンをつくった側の人であれば、場面によっては、あえて言葉にすることが「ゴマすり」に聞こえてしまうかもしれません。
つまり、大切なのは「語ること」が大切なのではなく、「いつ、誰に、どのような温度感で語るか」が非常に大切なのです。
口頭では流れる。でも、文章は残る
今回、私が面白いと思ったのは、この違和感を「文章だからこそ」感じられたことです。
口頭では、熱量や表情、その場の空気があります。
だから多少言葉が多くても、それらは流れていき、受け取る相手も、さほど気にしないかもしれません。
しかし、文章は、言葉そのものが残ります。
視覚から入る情報は、思っている以上に脳や心にインパクトを与えます。
だから、口頭では何も感じないことでも、それが文字化された途端、
「ウザイ!」と感じることもあれば、「ナイス!」と感じることもあるのではないでしょうか。
文章は、自分の思考や不安、力みなど、自分が感じている以上の『ありのままの自分』を静かに映し出す『鏡』なのかもしれません。
「全部言わない」ことが、安心感になることもある
今回のやり取りを通して、「余白」についても考えました。
リーダーになるほど、きちんと説明しようとします。
誤解がないように。
不足がないように。
配慮が伝わるように。
しかし時には、全部を言葉で埋めない方が、相手に安心感を与えることがあります。
必要なことは伝えている。
でも、語りすぎない。
その余白の中に、
- 相手への信頼
- 自分自身の余裕
- 関係性への安心感
が滲むことがあるのだと思います。
もちろん、これは「常に余白が正しい」という話ではありません。
関係性が浅い時。
不安が強い時。
方向性が見えていない時。
そういう場面では、丁寧に言葉を尽くすことが必要です。
だから、結局はケースバイケース。
リーダーシップとは、「理念を語ること」でも、「余白をつくること」でもなく、その場、その相手、その関係性に合わせて、言葉の量や温度を調整できることなのかもしれません。
今回、自分の文章を読み返したことで、そんなことを改めて考えました。
そしてきっと、こういう「小さな違和感」の中にこそ、コミュニケーションの本質が隠れているのだと思います。
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