戦略人事

「綺麗ごと」のコーチングレポートに、経営はお金を払わない

法人契約でコーチングやワークショップ・研修を行う中で、「レポート」を提出している。
従来より、私のレポート、特に「所感」は経営層にとても評判が良かった。

「これにお金を払っているといっても過言ではない」
「育成のポイントがわかって助かる」
「こちらが気づいていない組織課題発見のヒントになる」

しかし、実は、このレポートについて、私はずっと悩んでいた。

どこまで踏み込んで書くべきなのか。
受講者との守秘義務はどう考えるべきか。
受講者との信頼関係と、経営への報告責任をどう両立するのか。

そして一番は、「このレポートは、本当に『企業と受講者の両方』の役に立っているのか」ということだ。

以前の私の所感は、かなり率直に書いていた。

・担当者意識が強い
・抱え込み傾向がある
・周囲評価に感情が左右されやすい
・感情的指導によって部下を萎縮させている
・他責傾向が見られる

一度、ChatGPTにかつての私のレポート内容を評価させたことがある。
返ってきたのは、
・評価しない
・抽象化する
・課題は未来志向で書く
など、いわゆる「コーチらしい」アドバイスだった。

確かにそれは正しい。
受講者との守秘義務や心理的安全性を考えれば、当然必要な観点でもある。
しかし、そんな綺麗に整えられたレポートを、経営は本当に必要としているだろうか。
少なくとも、私が経営者なら、答えは「No」だ。

コーチングもワークショップも研修も、すべては未来への「投資」である。
誰が何を言ったか。どんな表現を使ったか。
そんな詳細を知る必要は全くない。
経営が知りたいのは
「どこに成長阻害要因があるのか」
「どんな支援が必要なのか」
「何をOJTで補強すべきなのか」
等、打ち手のヒントである。
美辞麗句を並べ立てられたレポートよりも、現場でおきていることへの第三者の「見立て」や「アドバイス」。
時には「耳に痛い進言」も含めて受け止める。
その覚悟も含めて、経営は支援に投資しているのではないだろうか。

しかし、私のレポートの評価が高い一方で、ずっと恐れがあった。
それは、このレポートの扱いを一歩間違えて、私の言葉が、受講者個人やチームの「評価」として固定化されてしまったら、ということだ。

私は、人の可能性を広げる支援をしている。
それなのに、レポートの扱いによって、人の可能性を狭めてしまう危険性もあるのだ。
だったら、そんなものは書かない方が良いのではないか。
そんな葛藤をずっと抱いていたのは間違いない。

最近になって、自分の中で、ようやく整理ができてきた。

私が伝えたいのは、「評価」ではなく「見立て」である。
例えば、「主体性が低い」ではなく、「周囲を巻き込みながら進める実践が、今後の成長にとって重要課題である」とする。
「他責」ではなく、「環境要因へ意識が向きやすい傾向が見られる」と表現する。

大切なのは、「この人はこういう人間」と決めつけることではない。
今、どこに躓いているのか。
何が成長阻害要因になっているのか。
どんなサポートがあれば伸びる可能性が大きいか。
それを、経営や上司に「育成観点」として翻訳することだと考えている。

今までもそのつもりだった。
しかし、「見立て」より「評価」に寄った表現が多かった時も、正直ある。
その自覚が、私に恐れを抱かせ、躊躇が生まれたのだろう。
言葉を慎重かつ丁寧に選び、その一文一文に、「この人はもっと良くなれる」という支援者としての意思を込める必要があると、これまでの反省と共に、一層強く感じている。

コーチとして、コンサルタントとして、受講者に対する守秘義務は守らなければならない。
しかし、法人契約である以上、発注者は経営側だ。

経営が求めているのは「きれいなレポート」ではなく、人と組織の成長に繋がる打ち手や、経営がまだ気づいていないリスクへのヒントを掴むことだ。

私が目指したいのは、「成績評価表」ではない。
そして、「綺麗な感想文」でもない。

・成長支援に繋がる
・変化が見える
・育成テーマがわかる
・OJTに活かせる
・現場支援に繋がる
・経営が『読んで意味がある』『読みたい』と思える

そんなレポートだ。
そして何より、「この人(組織)を、どう育てればもっと良くなるか」という視点を、経営と現場へ渡せるレポートでありたいと思っている。

コーチングもワークショップも、単なる「気づき」づくりではない。
人と組織を、前へ進めるためのものだと、私は思う。

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