9月の最初の三連休最終日は命の選択、お茶会でした。
濃茶、薄茶、立礼と3つのお席があり、それぞれを楽しむのですが、その御席を仕切る亭主と社中の方々の御振舞も私にとってはいつも大きな学びがあり密かな楽しみでもあります。
今回、濃茶、薄茶はそれぞれ大ベテランの方が、立礼は初めてお席を設けるというご亭主でした。
初めての立礼席ご亭主は、落ち着いてはいるものの、初めての緊張感と周囲の協力合っての茶席だという感謝の気持ちが溢れ出ており、社中の方々も皆さん不慣れなことが見えてとられ、お席の流れが滞ることも度々でしたが、その場の雰囲気はほんわりと温かいものでした。
濃茶席ご亭主は、一目で大ベテランの方だとわかり、社中の皆さんにも緊張感が走り、普段のお稽古でも厳しい先生なのだろうということが容易に推察できました。
しかし大ベテランだからと言って緊張しないわけではありません。
ご亭主は明らかに緊張なさっていたようで、それを隠すための言葉や態度に残念なものが多々見受けられ、正客を務められた方もそれが目に余ると感じたようで、お席の途中に言葉を閉ざしてしまい、終了と同時に早々にその場を後になさいました。
薄茶席ご亭主も77歳の大ベテランの方でした。
その御話の内容と素振りから、社中の皆さんをとても愛して大切になさっていることが伺え、社中の皆さんも一生懸命に私達客のおもてなしをなさっていました。
自らの事を多く語るわけではなく、周囲への感謝、茶道と社中を愛する気持ちを飾らない言葉でお話になられ、聞いているこちらも自然に笑顔になり幸せな気持ちになりました。
濃茶席と同じ方が正客を務められましたが、お席が終了するとお正客はすっと立ち上がられ、進んでご亭主に挨拶にいらしておられました。
後で聞いた話では、そのお正客の男性は、淡交会(裏千家の団体)でも随分と上の方のようです。
三者三様のご亭主たち。
茶席をお持ちになるほどの経験と腕前の皆さんですので、その実力は下っ端の私が言うまでもなく素晴らしものに違いありません。
しかし、受ける印象は全く異なり、その決め手となったのは「品格」でした。
薄茶のご亭主にはまさに席を取り仕切る品格が備わっており、それは取ってつけた一時しのぎのモノではなく、常日頃から精進して育まれた人としてのあり方そのものだと感じられました。
社中の皆さんも緊張の中にも互いを助け合いながら茶席での仕事を楽しんでおられる様子が自然と滲み出ており、他の席の皆さんよりもはるかにイキイキと動いていらっしゃいました。
「私たちの先生は堂々と胸を張って自慢できる先生だけどさ、濃茶のご亭主が先生だったらちょっと悲しいね。結局はさぁ、品格だよね。常日頃の鍛錬なんだよね。私たちの先生、普段からどんな時にも奢らず偉ぶらず親切で温かくて、ちょっと厳しいけど愛情いっぱいで、何より人として尊敬できるもんね。」
お茶会終了後、友人とこんな話で盛り上がりました。
職場においてはメンバーがマネージャーやリーダーを選ぶことは基本的にはできません。
しかし、もしそれが可能であれば、誰だって品位品性品格に劣るリーダーやマネージャーよりも、人としてリーダーとしてマネージャーとしての品格を備えた人を選びたいに違いありません。
知識や技術を磨くことはもちろん大切なことです。
しかし日々の振舞い、品位、品格を怠らずにしっかりと磨き続けなければ、77歳を過ぎた今もなお謙虚に学び続けて社中から慕われ続ける薄茶のご亭主のようにはならないのだと、深く心に刻んだ茶会でした。