先日、コーチングのクライアントさんから「問いが苦しい時間だった」と振り返りをいただきました。
その言葉に、私は一瞬、コーチとしての力不足を突きつけられたような気持ちになりました。
しかし、冷静に振り返ると、それはむしろ変容のプロセスにおいて自然に起こる『違和感』だったのだと気づきました。
「答えを求めるモード」からの脱却という痛み
このクライアントさんは、企業の管理職として長年、部下を指導する立場にありました。
「どうすればいいですか?」と聞かれれば、答える。
問題があれば、解決策を示す。
結果が出なければ、正しいやり方を教える。
それが、彼の仕事のスタイルであり、成功体験でした。
ところが、コーチングでは違います。
私が投げかける問いは、「答え」を教えるものではありません。
「あなたはどう思いますか?」 「それはなぜですか?」 「本当は、どうなりたいのですか?」
こうした問いに対して、彼は何度も黙り込みました。
時には、困惑した表情を見せました。
答えを求める人に、問いを返し続ける。
これは、まさに彼にとって「苦しいプロセス」だったのだと思います。
苦しさの正体──古い地図と新しい地図の間で
変容とは、単なる知識の追加ではありません。
それは、これまで頼ってきた「地図」を書き換える作業です。
- 「答えは自分が持っている」という地図から
- 「答えは相手の中にある」という地図へ
- 「教えることが支援だ」という地図から
- 「問うことが支援だ」という地図へ
この書き換えのプロセスでは、必ず「どちらの地図を使えばいいのか分からない」という混乱の時期が訪れます。
古い地図は、もう機能しないように感じる。
新しい地図は、まだ使いこなせない。
この「どちらの地図も手に取れない宙ぶらりんの状態」が、「苦しさ」の正体です。
過渡期の混乱であり、変容のプロセスにおいて、避けては通れない、必要な痛みなのです。
振り返りには、こんな言葉もありました。
- 「深堀質問することを取り入れています」
- 「今何%くらいできているのか、具体化する質問を使っています」
- 「相手にしか答えがないこと」を学んだ
- 「ティーチング中心になっていた」(過去形)
そして、こう語ってくれました。
「日々、勉強と思い邁進していきます」
クライアントさんは、苦しみながらも、確実に何かを掴んでいました。
新しい地図を、少しずつ手にしようとしていました。
真剣に向き合ったからこそ、苦しかったのです。
古い地図を手放し、新しい地図を手に入れて使いこなそうともがいたからこそ、 苦しかったのです。
つまり、「苦しい」は、「変わろうとしている」のサインなのです。
コーチが忘れてはいけないこと
私たちコーチは、時に残酷な存在です。
クライアントが「答えを教えてください」と言っても、教えません。
「どうすればいいですか?」と問われても、問い返します。
なぜなら、私たちは知っているからです。
本当の答えは、クライアントの中にしかないことを。
安易に与えられた答えでは、真の変容は起きないことを。
しかし同時に、私たちは忘れてはいけません。
その問いを受け止めるクライアントは、時に、混乱と葛藤の中にいるということを。
その「苦しさ」は、クライアントが変わろうとしている証であるということを。
だからこそ、私たちコーチに求められるのは、次のような姿勢だと考えています。
1. 苦しさを否定しない :
「大丈夫ですよ」と安易に慰めるのではなく、「苦しいですよね」と受け止める。
2. 苦しさの意味を共有する:
「その苦しさは、あなたが変わろうとしている証です」と伝える。
3. プロセスを信じる:
すぐに結果が出なくても、種は確実に蒔かれていると信じる。
4. 伴走者であり続ける:
答えは与えないが、孤独にはさせない。共に在る。
「苦しい」と言われた時こそ
クライアントから「苦しかった」というフィードバックをもらった時、コーチとしてどう受け止めるか。
それは、私たち自身の成熟度が問われる瞬間でもあります。
「申し訳ない」と自己否定に向かうのか。
「それは当然のプロセスだ」と冷淡に切り捨てるのか。
私の答えは、こうです。
「ありがとうございます。その苦しさと向き合ってくださったこと、そして正直に伝えてくださったことに、心から感謝します」
苦しさは、変容の入り口です。
違和感は、新しい自分への招待状です。
「苦しい」と正直に言ってもらえる関係性こそが、コーチングの成果の一つです。
もし、クライアントが表面的に「楽しかったです」とだけ言うなら、それは本当の意味での変容には至っていないかもしれません。
でも、「苦しかったけれど、学んだ」と言えるなら。 「答えが出なかったけれど、何かが変わった」と感じてもらえるなら。
その苦しみは、やがて新しい自分への扉を開く鍵になるはずです。
コーチングの本当の成果は、セッションが終わった後に現れます。
3ヶ月後、半年後、1年後。
ふとした瞬間に、「あの時の問いの意味が、今分かった」と気づく瞬間が訪れるかもしれません。
部下との会話の中で、「答えを教える」のではなく「問いかける」自分に気づく日が来るかもしれません。
「苦しかったコーチングの時間」が、実は自分を変える始まりだったと振り返る時が来るかもしれません。
コーチングは、種を蒔く仕事です。
すぐに花が咲かなくても、焦る必要はありません。
クライアントの中に蒔かれた種は、その人のペースで、その人の土壌で、やがて芽吹くのですから。
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