マネジメント・リーダーシップ人間力

共感の欠如した正論

部下が、自分の失敗を振り返る。
その痛みや衝撃を受け止めながら、「自分に何が足りなかったのか」「どうすれば良かったのか」と考え、同じことを繰り返さないための学びを言葉にする。
そして、その気づきや学びを上司に報告する。

そこだけ聞けば、「失敗からきちんと学んでいるな」「その学びが大切だね」と声をかけたくなる。

しかし、ここで少し立ち止まってほしい。
その上司(あなた)に対して、部下が少しずつ心の距離を取っているかもしれないことに、気づいているだろうか。

部下が口にした「学び」や「気づき」。
そこに至るまでに、部下はどれだけ苦しんだだろう。
どれだけ傷ついたのだろう。

にもかかわらず、その痛みへの共感や寄り添いがまったくないまま、部下が総括した学びに対して「それが大切だ」と正論を語る。
それは、部下にとっては上から目線の極みである。

この人は、自分たちを感情のある人間だと理解しているのだろうか。

そんな感覚が、部下の心のどこかに生まれてしまう。

「そのとき、どんな気持ちだった?」
「辛かったね」
「悔しかったよね」

感情に寄り添う、たった一言。
それだけで、人は驚くほど救われる。

慰めてほしいわけではない。
甘えているわけでもない。

しかし、自分の感情を受け止めてもらえたとき、人は言葉にならない安心と勇気を感じる。
その後に語られる「正論」は、「確かにそうだ。その通りだ」と、素直に受け取ることができる。

一方で、共感が欠如した正論を上から投げられたとき、部下の心の水面下では、こんな声が広がっていく。
「この人は、僕たちの気持ちなんて、きっと分からない」
その小さな違和感は、やがて大きな距離となっていく。

私はこれまで、共感の欠如した正論を語る経営層や管理職を数多く見てきた。
しかし、その多くは、自分が部下を傷つけているとは一ミリも思っていない。
共感の必要性すら、ほとんど感じていない。

だからこそ、経営者や管理職にはぜひ知ってほしい。

共感ほど、人を勇気づけるものはない。

共感とは、「共に感じる」こと。
同じ景色を見て、相手が何を感じたのかを受け取ることだ。

同じ気持ちになる必要はない。
「あなたはそう感じたんだね」
ただ、その感情を丁寧に受け取るだけでいい。

共感なき正論は、部下を遠ざける。
共感のある正論は、部下を勇気づける。

『組織を強くする実践知』
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