狭い裏路地を車で走っていると前から軽自動車がやってきました。
車2台がすれ違うには道幅が狭く、私はほんの少しだけ広くなっている場所までバックで戻って車を停め、軽自動車に道を譲りました。
すると助手席に乗っていた友人が言いました。
「軽に譲ってあげるなんて。こっちの方がいい車なのに。」
私は苦笑いしてしまいました。
車は目的地のレストランに着きました。
既に数人の仲間が集まっており、ワイワイと楽しそうにおしゃべりに花を咲かせています。
空いている席に座ろうとすると、友人が仲間に言いました。
「尾藤さん来たんだから、真ん中の席、空けて。」
またまた苦笑い。
「ここ空いている所でいいよ。遅くなってごめんね。」
昔の私なら、こっちの方が大きい車に乗ってるのにとか、先輩なんだから末席に座らせるだなんて、などと考えたでしょう。
しかし!
学んだのです。
大きい車に乗っているから私が立派なのではなく、車が立派なだけで、運転する私はただの人。
軽自動車を運転する人をさげすむ資格などどこにもありません。
同様に、上座だろうが下座だろうが、座る席などどこでも良く、空いている席に座ればいいだけのことで、どこに座ろうと私自身の価値が上がったり下がったりするわけではなく、私は私なのです。
人はくだらないことでとんでもない勘違いをしがちです。
高級外車に乗っているから偉い人ではありません。
ブランド時計を身に着けているから立派な人でもありません。
マネージャーだから人として優れているわけではありません。
社長だから優秀なわけでもありません。
大切なのは中身。自分がどうあるべきか。どうあろうとしているのか。
上座もなく下座もなく、ただそこに自分として存在すればいいのです。
ただ等身大の自分、あるがままの自分で。
驕らず、偉ぶらず、常にあるがままの自分でいたいと思います。