最近、自分の中で「人との関わり方」について考える時間が増えていた。
仕事を通して関わる人、信頼関係を築いてきた人たち、
そして、その中で時折感じる、距離や誤解のようなもの。
私の伝えた言葉が、本当に相手に届いていたのだろうか。
相手を思ってかけた言葉だったけれど、
その言葉の温度がずれていたのかもしれない。
そんなふうに、自分を責めてしまう瞬間があった。
そんなとき、ふとある人との対話の中で
こんな言葉をもらった。
「由佳さんって、“いい人に思われたい”というより、“誠実であろうとしてる人”ですよね」
驚いた。
私は、自分の中にそんな軸があるとは、思ってもみなかったから。
でも、思い返してみた。
今まで、仕事でも人間関係でも、「言いにくいこと」を
あえて伝えてきた場面がたくさんあった。
そのたびに、悩んだ。
「これを言ったら嫌われるかもしれない」
「角が立つかもしれない」
それでも、相手の未来を思って、伝えることを選んできた。
私が選んできたのは、「いい人」になることではなかった。
「誠実であること」だったのかもしれない。
でも、「誠実であること」は、ときに孤独を連れてくる。
言葉が届かなかったとき、自分の未熟さを突きつけられる。
誤解されることもある。
そしてそのたびに、「私は間違っていたのかな」と自分を責めた。
気づいたことがある。
私は、これまで人に優しくしようとしてきたけれど、
自分には、本当の意味で優しくできていなかったのだと。
「まだまだだね」
「変われてないじゃん」
「また、うまくいかなかった」
そんなふうに、自分を追い詰める声ばかりを聞いていた。
でも今、ようやく少しだけ、自分にも手を差し伸べたくなってきた。
人に優しくありたいなら、まず自分にも優しくありたい。
完璧じゃなくても、揺れていても、
自分の中にある「誠実であろうとする心」を、
大切にしてあげたいと思った。
相手の心に寄り添いながらも、
自分の大切にしている想いを置き去りにしないように、
言葉を紡いでいきたいと思う。
「いい人」より、「誠実な人」でいたい。
それが、私という人間であり、生き方なのだと思う。
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