ロサンゼルスドジャースの地区シリーズ フィリーズとの第4戦で、佐々木朗奇投手の素晴らしいピッチングは、多くのマスコミをにぎわせました。
その中で、私の目に留まったのは「なぜ“怪物”はどん底から復活したのか 佐々木朗希を変えた敏腕スタッフとの密談」というネットニュースでした。
このエピソードは、スポーツの世界にとどまらず、人材育成や組織開発にも多くの示唆を与えます。
マイナー落ち、自慢の球速が著しく落ちてしまった佐々木投手に対して、ピッチング・ディレクターが最もこだわったことは、「フォーム改造を無理に押し付けない事」。
時間がかかっても、佐々木投手本人が納得して取り組むことが大切と考え、彼の疑念点を整理するために、「日課にしていることは何か?」「どの球種が一番投げやすいか?」「身体に痛みはあるか?」「小学校5年生ぐらいの時にコーチから言われたことで守り続けていることはあるか」「身体の痛みで慣れてしまっているが、実は正常でないものはあるか?」など、基本的な質問を数時間にわたって行いました。
これはドジャースの伝統的手法ではなく、ピッチング・ディレクターが、佐々木投手のその時の精神・肉体双方の状態を鑑みて行ったそうです。
【固定概念の払拭と個別対応】
ディレクターは、従来の育成論や「ドジャースの伝統」にとらわれず、目の前の佐々木投手という一人の人間、一人のプロフェッショナルの状態を優先しました。
これは、企業における「過去の成功体験」や「全社一律のリーダーシップモデル」といった固定概念を一度脇に置き、個人に合わせた育成戦略を採る重要性を示唆しています。
個々人が抱える課題、ポテンシャル、コンディションはすべて異なります。
一律の研修やコーチングは、特に次世代のエグゼクティブやリーダーの可能性を摘む「毒」になりかねません。
【数時間にわたる「基本的な質問」:対話と納得度の追求】
数多の専門知識を持つ敏腕スタッフが、数時間かけて行ったのは、「技術指導」ではなく、「日課は?」「痛みは?」といった、本人の現状認識と内省を促すための対話でした。
これは、育成のプロがまず行うべきは、「相手の土台の理解」であり、本人が「何に、なぜ疑念を抱いているのか」「何を変える必要があるのか」を自ら発見し、納得するプロセスを徹底的にサポートすることだと教えています。
納得なき行動変容は、一時の対症療法に過ぎません。
今や、「当社のリーダーはこうあるべきだ」という理想像をトップダウンで押し付け、全員に同じ研修を受けさせる時代ではありません。
次世代リーダーや幹部候補の育成においては、個々のキャリア目標、強み、そして乗り越えるべき「本質的な障壁」に基づいた個別最適化された育成計画が不可欠です。
そのためには、個別化された育成費用を「コスト」ではなく、戦略的な最重要投資」として位置づけ直す必要があります。
また、現場の管理職は、部下の育成アプローチを「マニュアル通り」ではなく、「この部下の最大成長のために何が必要か」という視点を持たなければなりません。
佐々木投手の事例で最も重要だったのは、ディレクターが「正解」を教えるのではなく、「最適な問い」を投げかけ、佐々木投手自身に「怪物」の土台を立て直させたことです。
これが自律的かつ持続的な成長を可能にします。
部下との対話においても、指示やアドバイスをする前に、探求型の問いを数多く持つことが大切です。
「あなたが最も力を発揮できた過去の成功体験は何か?」
「現状、目標達成を阻んでいる『慣習』や『無意識の前提』は何だと考えるか?」
「あなたの『理想のリーダー像』と『今の自分』との間に横たわる、最も本質的なギャップは何か?」
リーダー育成は、いずれの組織においても最重要課題のひとつです。
その際、正しい答えを押し付けることではなく、「正しい問い」を投げかけ、一人ひとりの納得と自律を引き出すことが求められます。
重要なのは、ドジャースのディレクターのように、目の前の「人」を深く理解し、その成長を心から信じる姿勢です。
個別対応は属人的に見えますが、実は「一人ひとりを理解する文化」こそが強い組織をつくります。
制度や評価の仕組みの中にも、その思想をどう組み込むかが、次の経営課題となるでしょう。
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