「いい加減にしてください!やっていられない!!」
泣きながらそう叫んだAさんは、それまで取り組んでいた仕事をすべて途中で放り投げて部屋から出て行ってしまいました。
「あの偉そうな物言いがいや!」
「自分だけが正しいみたいに間違いを指摘するのがいや!」
「自分が困ったときにはすぐ口にするくせに、人の困りごとには無関心なのがいや!」
リーダーに対するこれまでの不満が積もりに積もったAさんは、その日、ついに爆発してしまったようです。
とにかく「いや!」としか言わないAさん。
「イヤなところ、すべて言ってみて。」
と尋ねました。
するとまあ、出てくる出てくる。
最後には「同じ空間で同じ空気を吸うのもいや!」となりました。
すっかり感情的になってしまっているAさん。
女性にはよくあることで私もそうなのですが、そういう時には何を言っても無駄だし、何を聞いても論理的な話をするのは難しいので、一旦はすべてを吐き出してもらい、暫く時間をおいてからもう一度Aさんと話をしてみることにしました。
「Aさんが『いや』だと思うこと、なぜ怒っているかをリーダーは分かっていると思う?」
そう質問する私に、幾分か落ち着いたAさんは当然だと言わん様子で答えます。
「いつも言っているんですから分かっていますよ。」
「そっか。分かっているのか。分かっているのにそれをするということは、リーダーはAさんに対して意地悪なの?Aさんのこと、嫌いなのかなぁ?」
「意地悪とか、嫌いとかじゃなくて、ただ、自分勝手なんですよ!」
「そうなんだ。自分勝手なのか。プロジェクト、どうするの?リーダーは何て?」
「『戻ってこい』って。『悪かった』とか絶対言わないんです。」
「偉そうな口調で?」
「トーンは穏やかですけど、『戻ってこい』とかって、命令じゃないですか!『戻ってきてください』とか『お願いします』とかがないんですよ!」
「そう言ってくれれば戻るの?」
「そう言われても、もうあのリーダーと一緒に仕事するのはイヤです!」
「けど、仕事途中で放り投げて大丈夫?」
「イヤなものはイヤ!!!」
「ねえぇ。リーダーに対して、『イヤです』や『やめてください』ではなく、リクエストしてみたら?」
「リクエスト?」
「そう。『イヤ』とか『やめて』だと、Aさんが本当はどうしてほしいのかが伝わらないんじゃないかな、ってふと思ったの。」
「それくらい、普通、わかるんじゃないですか?」
「けどさ、『そういう言い方やめてください!』と言われた時、『そういう言い方』が具体的表現についてなのか、威圧的みたいに声のトーンなのか、みんなの前では嫌という状況なのか、そもそも抽象的でリーダーの意図することが分からないのか、Aさんの真意はなかなか伝わりづらいと思うんだよね。だから、『〇〇やめて』じゃなくて、『〇〇してほしい』『〇〇がいい』とダイレクトに言った方が、リーダーが鈍感なんだとしたらハッキリ伝わっていいかな、と思って。例えばさ、『ディナーは和食とイタリアン、どっちがいい?』と聞かれて『イタリアン』と答えたら、チョイスされたのがパスタ屋さんで、確かにイタリアンかもしれないけど、自分の想像はいわゆるイタリアンレストランでがっかりした、みたいな。明確にリクエストした方が相手にもストレートに伝わるし、こちらの意図をなかなか汲み取ってくれない相手には、その方がいいのかな、って思うけど、どう?」
「・・・・」
「Aさんがリーダーに対して嫌なことは山ほど聞いたけど、どうしてほしいか言ってみて。」
「え?今ですか?えっとぉ・・・」
そうやってAさんは自分のリクエストを言葉にしようとしましたが、なかなか上手く言葉にすることができず、そのうちに、これはやはりリーダーには自分の気持ちが伝わっていないかもしれないと考えるようになりました。
自分でさえ明確に言葉にすることができなかった、なんとも形作りづらいAさんのモヤモヤを、「ザ・昭和」の典型のリーダーに伝わっているわけがないと思ったのです。
少しの間、自分の考えを整理し、「〇〇をしてほしい」「〇〇でお願いしたい」とリーダーへのリクエストを紙に書き出してみたAさん。
その内容に驚いたのはAさん自身でした。
「リーダーが使う専門用語が難しくて理解できない時があるので、もう少し平易な言葉で説明してほしい。」
「唯一の女性でありキャリアも一番浅い自分にはプロジェクトに選ばれただけで物凄いプレッシャーで、なかなか質問することさえも周囲に遠慮して難しいし、その場その場では何が疑問なのかを頭の中でまとめることさえ難しく追いついていけない時がある。『その時』でなくても自分のタイミングで疑問点が生じた時に、リーダーに質問したい。」
このように他にもいくつかのリクエストが書き上がったAさん。
自分自身の爆発の原因は、プロジェクトについていけていないのでは、メンバーに迷惑をかけているのではという精神的プレッシャーが根本にあり、それがリーダーに対して不満となって表出化したのだということに気がついたようでした。
Aさんはリーダーと話し合いの時間を持ち、まず現状の自分自身の状態、つまりプレッシャーに負けそうだということを正直に語り、しかしチームで頑張っていきたいという前向きな思いも告げました。その上で、リーダーへのリクエストを一つずつ丁寧に伝えました。
Aさんがそんなプレッシャーと戦っていたとは夢にも思っていなかったリーダーはとても驚いたようです。
いつも元気よく貪欲に仕事に取り組んでいるAさんの心の内で、そんなふうに悩んでいるとは想像もつかず、しかしよくよく考えてたら、確かにキャリアも浅く、ベテランおじさん揃いの中で感じるAさんの不安やストレスは当然のものかもしれないと理解してくれたようです。
Aさんがチームに合流して最初のチームミーティングの時、リーダーから全員にこんな話がありました。
「暗黙の了解とか、そこまで言わなくても伝わっているだろうとか、俺、鈍感だからさあ、慮るとかがあんまり得意じゃなくって。トンチンカンに推察しても困るし。だからみんな、俺に対してもメンバー同士互いに対しても、『〇〇してほしい』『〇〇をお願いしたい』というリクエストではっきりと伝えることをチームのルールにしたいと思うんだけどどうかな。」
その後、Aさんは以前にも増してイキイキとプロジェクトの仕事に取組んでいるようです。
「〇〇してほしい」とストレートにリクエストすることを躊躇してしまう人は意外と多いようです。
けれども言われる側からしてみれば、はっきりと伝えられた方が分かりやすく答えやすいというものです。
あなたは周囲の人に、「〇〇してほしい」「〇〇でお願いしたい」とストレートなリクエストができていますか?
あなたは自分が受けた言動に対して、してほしくないことではなく、「どうしてほしいかを教えてください」と言うことができていますか?!